’99.9.3
|
新しい道徳の授業を創る〜 |
1.主題名 「あなたならどうする?」
2.ねらい
具体的場面を想定して、その時自分ならどうするかを具体化し表現化することにより、
自らの行動を省み、どのように対処し問題解決していけばよいか考えることができる。
3.指導にあたって
この授業は、舛田安生氏の追試である。(教材開発NO141P22〜明治図書)
いわゆるロールプレイング(役割演技)を軸にして、子供の思いや考えを具体的に表現させることで、
その場面においてどのように対処し、対応していけばいいのか、心と頭と体に訴えるものである。
役割演技は、けっして新しい道徳授業のスタイルではない。
これまでも、登場人物になりきり、心の動きや感情を自分なりに表現することで内面にある自己を表出させ、
自分を見つめる手法として多く実践されてきた。
これは、道徳の授業のみならず各教科や他領域でも活用する機会を設け体験させてきた教師も多いことだろうと思う。
今更新しいことでもないのだが、確かに言えることは、
|
|
ということだ。
副読本等を読みながら国語か道徳か分からないような、形式的・形骸的な授業の展開は、子供はやはりツマラナイのである。
さて実のところ、かく云う稿者は役割演技というものを授業で取り入れたことはほとんどなく、不勉強窮まりないところである。
よってこの機会に、役割演技を取り入れた授業がどのように新しい道徳の授業の改革に迫れ得るものなのか、
再度その有意性を探ってみたいと考えた。実施学年は6年生である。
4.準備
・道徳ノートと筆記用具
・児童用机と椅子、傘、ランドセル等の小道具
5.授業の流れ
日付とともにタイトルを板書する。
|
板書 |
|
指示1 |
全員書き終えたところで、もう一度タイトルを一斉読み。その後の指示。
|
指示2 |
以上のように簡単に前置きしてから「場面①」と板書し、まずは最初の場面を想起させる。
|
発問1<場面①> |
まず、列指名で答えさせる。その後、他に意見があれば出させる。
以下のものが挙げられた。
|
|
微妙にその子なりのとらえ方、表し方に違いがある。
それはそれとして受容し、とりあえず大きく2つに束ねてみる。
|
指示3 |
「道徳の時間」のみならず、他の教科の授業においても教師の一方的な束ねや類型化は、
半ば強制的で子供の内面を認めていることにはならないという考え方がある。尤もなことである。
だが、拡散的な発言があって、それはその子なりの考えであり自由であるとしたならば、
何も話し合うことも必要ないだろうし、全体の問題把握や焦点化がなされず、
めりはりのない緊張感のない授業になりうることも我々教師は知っているはずである。
ここでは、AかBか問い詰めることで自らの立場を明らかにし、
その立場からのその子なりの考え方や行動の取り方も引き出したいと考えたわけである。
以下の人数に分かれた。
|
A・・・・・5人 、 B・・・・・・28人 |
Aの「見せる」5人に尋ねる。
|
発問2 |
|
|
|
指示4 |
|
|
|
指示5 |
自由に演じさせてみる。
具体的に演じてみることで、意外に断り切れなかったり、
強い意志と決断力をもって相手の非をついたりできないことを子供たちは知るのである。
「見せる」「見せない」派から一組ずつ演じさせ、頃合いを見てストップさせ、次の様に問う。
|
発問3の1 |
|
|
|
発問3の2 |
|
|
|
発問4 |
|
|
T「やっぱりカンニングってまずいかな。」
C「自分の力にならないのだからだめだ。」
T「なるほど。」以上のようなやりとりをして拍手で席に戻した。
場面②と板書する。
|
発問5<場面②> |
全員「書きました。」の後、同じように列指名。以下の発言があった。
|
|
「他にありますか?」と尋ねた後、その意見も加え、Aゆずる、Bゆずらないとしてどちらか立場を決めさせた。
挙手させる。
|
A・・・・・7人 、 B・・・・・・26人 |
|
発問6 |
自由発言を促す。この問いかけにはうまく答えにくかったようだ。
|
|
場面①と同様、数名に出てきてもらい、役割演技させた。
|
○自分 ○ 友達役 ○ 乗客役(数名) ○ おばあさん役 |
どうすればいいか、どのようにゆずればよいか、迷いがあるためか照れとともに演技がスムーズに流れていかなかった。
譲った子供に尋ねた。
|
発問7 |
「はずかしいから。」「疲れているし、迷ってしまう。」の声。
|
発問8 |
「よかった。」「うれしかった。」の声。
実は、次の問いが大事である。周囲の乗客である。
|
発問9 |
|
|
これを受けて、少し揺さぶりをかける。
|
「ゆずる」「ゆずらない」という行為のみならず、それを見ている周りの者が、何も感じない。人事だと思っている。・・・・・ |
ちょっとした間の後、テンポよく場面③に進んだ。
|
発問10<場面③> |
これはいたって予想通り2つに意見が分かれる。
|
A「返す」・・・14人、B「返さない」・・・19人 |
時間も押し迫ってきていたの手、すぐ役割演技に入る。
レジ役(店員)と自分(買った人)である。ここまでくると、子供たちもだいぶリラックスしてのってくる。
楽しい中にも、しつこく問い詰めるレジ役の子、すぐサイフにしまおうとする子など演じられる。
笑いの中、その行動の裏にある心の内を問う。
|
発問11 |
・「ラッキー。」・「もうけた。」
|
発問12 |
・「いいことしたなあと思う。」
|
発問13 |
半数程の子供は「罪ではない。」と言う。「間違えた店員が悪い。」と言う。
T「じゃあ自分は何も悪くはないんだ。」C「・・・・・。」
詰めが甘かった。
|
人間として、当り前の行為はどちらですか。 |
このような補助発問を1つ用意しておくべきだったと思う。
結論や押しつけはここでは敢えてせず、場面④に急いだ。
|
発問14<場面④> |
机間巡視して指名予告した子供に発表させた。
|
|
|
「貸す」・・・10人、「貸さない」・・・23人 |
|
発問15 |
一気に詰め寄る。自由に座ったまま言わせた。
なかなか本質に迫るような意見が出なかったが次のような声があった。
|
|
これも役割演技させた。
一人の女の子が「かしてあげる」と歩み寄ったのに対して、男の子は「いらない。」と答えた。
高学年の子供たちにとって、この異性への照れは最大の行動の妨げになっているようである。
頭では分かっている。口ではこうした方がいいと言える。
しかし、行動が同等レベルでない。うまく具体的に自己表現できない。
人間というものは、かくも表裏のある生き物である。
もちろんこれでいいというわけには、いかない。
その溝を埋めるべく、普段からどのような心持ちで人と接し、
どのように対応していくことが人間関係を円滑にしていくことになるのか、継続的に考えさせ意識付かせていきたいと思われた。
|
説明 |
このように言って、授業を終えた。
6.おわりに
高学年の子供は、社会性の発達とともに表現力・想像力そして行動力も一段と高まる発達段階にある。
その点からすれば、やや複雑とも思える人間関係や状況を設定しても実体験・実生活に基づく役割演技が可能である。
逆に、周囲への恥ずかしさや照れから保守的になり、人前で演技という表現をすることを避けたいと思う子供が多く見られるようになることも事実である。
そのためにも日常生活において、普段からお互いを認め合い、茶化したり、揚げ足をとったりするような言動を慎むとともに、信頼感・親和感に満ちた学級集団を作っておかねばならない。
さらに、演技者のみならず観ている者もまた、その演技に自分を合わせて考えを巡らし、揺さぶられていくような周囲への働きかけもまた大事な指導の一つである。傍観する観客であってはならないのである。いかなる授業形態・手法においても、授業は全員参加の元に行われるべきものだということは、云わずもがなである。
今回の授業で、役割演技(ロールプレイング)を取り入れたことによるその効用及び有意性をしいてあげるならば、以下の4点になろう。
|
|