’98.12.15
NO.35
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1.はじめに
「詩」というものは、何であろうか?
国語教育研究大辞典(明治図書)では、「詩」について次のように説明している。
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小学館の国語辞典では、「詩」を以下のように定義している。
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国語科教育で扱う詩教材は、文学教材と総称される中の1つの領域である。
雑誌「鍛える国語教室」(明治図書、NO525)の特集の巻頭論文で、野口芳宏氏は「詩」について次のように触れている。
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高田敏子先生は、「要するに詩というのは、あまり難しいものではなく」と前置きされた上で、 |
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良い思いっこのゲーム・・・・・・なんですよ。 |
と言われた。 |
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「こう考えると、もっと楽しくなる」「もっとこんな風に思ったらもっといっぱい幸せになる」という、そういう「良い思いっこのゲーム」が詩というものなのだというのである。 |
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なるほど、これを読むと詩というものは、ちっとも難しいものではなく、楽しく親しめるやさしい文芸の一つと感じてしまう。
したがって、「詩とは何か」ということを突き詰めて考えるよりは、詩そのものを楽しみ、その作品に内包される魅力や独特な味わい深さをどう子供たちに教えていったら良いかを考えることのほうが、重要であるように思う。
当面、このことを根底に据え、詩教材の指導法を探っていきたい。
2.指導にあたって
詩とは、本来楽しいものである。子供向けの詩集や作品も数多く出回っており、教材化されているものも多い。
今回は、「まど・みちお」の詩集「つけもののおもし」(ポプラ社)の中に収められている「カバのうどんこ」という作品を、教材として扱う。
詩教材の指導は、大きく分けて「理解・鑑賞の指導」と「表現・創作の指導」がある。
この教材では、本来詩とは美しいもの、そこに描かれた話し手のつぶやきや内容美、そして流れの面白さを感じさせるというところに重点を置いた「鑑賞の指導」を試みることにする。
対象学年は3年生であるが、どの学年でも楽しめる作品である。
指導にあたっては、次にどうなるのであろうという期待感と興味付けを図るため、詩を小出しに提示していく方法を取った。
なお、本実践は、横田経一郎氏の修正追試である。
3.授業の流れ
題名と作者名を板書する。
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板書 |
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発問1 |
突然の問いかけである。
子供たち、???である。「カバのたべものかなぁ。」 という声も聞かれる。
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指示1 |
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板書 |
ここまでを板書し、視写して音読を全員済ませた後に、たずねる。
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発問2 |
と、さりげなく問いかける。口々に「仕返しするんじゃない?」等のつぶやきが出る。続きを板書する。
同様に視写した子から音読させる。
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発問3 |
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と子供たち。
「まだ続きがあるよ。」と言って板書。子供たちは視写。
視写しながら、子供たちの間からくすくす笑い声が漏れるようになる。
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発問4 |
「こんどう」です。 と子供たち。「そうです。『こんどう けんいち』だったんだね。だから、こんどうのバカと書いたんだね。」
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指示2 |
ノートに実際書かせてみる。(クラスに「こんどう」という苗字の子がいたら、配慮しなければならない。)
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発問5 |
「あっ、分かった!」という子が数名出てくる。話したいところを制止させて次のように問う。
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発問6 |
持ってきた子供のノートをチェックする。
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ここでは、この無言のチェックだけにとどめ、残りの3行を板書し、視写させる。
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この3行を板書した後、教師もまた黄色チョークで、大きく黒板いっぱいに(黒板をへいのかべに見立てて)次のように落書きする。
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発問7 |
3人を除いて、30人全員「右です。」と答えた。
3人には、黒板の前に出てきてもらって、実際に右から歩かせて、黒板の落書きを読ませた。
3人とも「なっとく!」である。
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指示3 |
最初に読んだ読み方とは全く違う。格段に向上的変容が見られた。
「分からなかったことが分かった」「見えなかったものが見えた」という満足感で、心無しか読む声にも張りがあった。
詩を、期待感を持って読み進めることの楽しさを、どの子も感じてくれた授業になった。