´99.12.21

                                                                                        NO.98

詩の授業〜りんご

 

                          

1.はじめに

 次のような詩がある。


    りんご           やまむら ぼちょう
                   山村 暮鳥

  両手をどんなに
  大きく 大きく
  ひろげても
  かかへきれないこの気持ち
  りんごが一つ
  日あたりに転がってゐる

 

 この教材も分析批評の授業としていくつか先行実践されている。

 それにしても、何とも不可解な詩である。

 山村暮鳥は,清新異風の詩調を持つ詩人として知られている。

 一度,「風景〜純銀もざいく」という詩を使って授業を試みたことがあったが,これも実に独特かつ異質な感じを受けるインパクトのある作風であった。

 この「りんご」は以前,国語の教科書(光村図書6年)に掲載されていた。当時,どのように教えていたか,恥ずかしながら全く覚えていない。ただ単に読んで,個々のイメージにゆだねていたような気がする。

 この詩をどう授業するか・・・。

 自身の教材として見抜く眼,そして解釈力が問われるところである。

 対象は6年生。この詩で,どこまで深く討論できるのか,挑戦してみた。

 

2.授業の流れ

 詩を板書し,視写させる。その後の指示。


指示1 全員起立。暗唱するほど読んだのなら座りなさい
 

 次に男子,女子,全員の順に目を閉じて3回ほど音読させる。目を閉じさせたまま次の指示を与える。


指示2 この詩を読んで気が付いたこと,感じたこと,思ったこと何でもいいからノートに箇条書きします。
     では,静かに目を開けて書きなさい。

 

 3分後,全員に発表させた。


指示3 1つ書けた人立ちなさい。2つ書けた人立ちます。3つ書けた人・・・・,4つ・・・・(最高11個であ   った。)立ったら周りを見るんだよ。少なく書いた人から発表しなさい。全部言われてしまったのなら,「同じです。」と言って座るんだよ。はい,どうぞ。
 

 以下の発表があった。


・「大きく」がリフレインされている。
・作者の名前が珍しい。
・空を飛んでいるみたい。
・昔の字が使われている。
・どうして日当たりにあるのか。
・この気持ちとは,どんな気持ち?
・何か暗い感じのする詩だ。
・この詩の内容が,あまり「りんご」と関係ない。
・6行詩だ。
・なぜ題名が「りんご」なの?
・実に不思議な詩だ。
・何を伝えたいのだろうか。
・自分の気持ちを書いたのだろうか。
・なぜりんごが一つ転がっているのだろう。
・両手を広げているのはどうして?
・なんとなくせつない・・・。

 

 


説明1 実に不可解で不思議な詩ですね。何を言いたいのでしょうね。何を言いたいのか分かる人いますか。・・・・(誰もいない)よろしい。初めて出合った作品だ。分からないのが当然だ。でも,この授業を受けて,あれっ,何か見えてきたと思えれば学習したということ。よしんば最後までわからなくてもいい。でも真剣に考えれば,今の分からないよりも分かるようになってくる。
  みなさんの気づきは,とてもよかったですよ。

いつも言うが,その気づきに,頭に「なぜ」と付けて後ろに「?」を付ければ,それがそのままこの詩を分析する問題になるんだよね。たくさん問題が作れるということは,分析する力があるということだ。
 

 


発問1 さて,2つ考えてみたいことがある。
1つ目,赤鉛筆で「りんご」「日あたり」に線を引きなさい。あと他に何かありますか。誰かいますか。

 

 すぐさま「話し手。」という声。


説明2 すばらしい!すぐ答えられるとはすごい。そうだな。ぼくだとかわたしだとか書いてないけれど,
りんごを見ている話し手がいる。

 

 


指示4 それでは,話し手(話者)とりんごと日あたりの絵をノートに書いてもらう。
話し手はどこにいて,りんごはどこにあって,日あたりはどうあたっているのか,この3つだけを簡単に絵にしてごらんなさい。話し手は,男か女か大人か子供か分からないので,目玉だけ書けばいい。矢印を入れて視点が分かればいいからね。どうぞ。

 

 机間巡視しながら,ノート1ページまるまる使わせ書かせるようにする。簡単な略図が書ければよい。要は,話者の視点が表されればいい。

 代表的な絵を,作業中指名し,黒板にかくように指示した。

 大方3つに分かれた。次の3つの絵である。


 4分後,自分の絵に近いものに挙手させ意見交換に入る。


  A・・・・28人,B・・・・3人,C・・・・1人
 

 


指示5 この中でおかしいと思うものありますか。証拠を握っている人,手を挙げなさい。○○さん,何が
おかしいか教えて下さい。

 

 


・Cがおかしい。「転がっている」はずなのに,手に持っているはずがない。
・6行目に「日あたりに転がっている」と書いているから

 

 この2つの意見で,Cはすぐ取り下げられた。


発問2 では,話者は,日なたにいるのか,日陰にいるのかが問題だ。どちらだろう。日なたか日陰かどちらかをノートに書きなさい。訳も書きなさい。
 

 4分後,作業を中断し挙手させた。その後自由に発言させた。


    日なた・・・・2人,日陰・・・・30人
 

 


(日なた)「かかえきれない」とは,日差しを抱え切れないと考えたから。
(日なた)自分とりんごにきている日なたが抱え切れないと思ったから。
(日陰)抱え切れないのは,日差しではなくて話者の気持ちだと思うんですがどうですか。
(日なた)日なたが,話者の気持ちだと思います。
(日陰)では,気持ちと日なたの関係を教えて下さい。
(日なた)日なたは明るいから,話者の気持ちはこのとき明るかったのではないかと思います。

 

 時間もおしせまっていたので,とりあえずここで打ち切り,次の発問へと急いだ。


発問3 今,気持ちというのが出てきたが,このときの話者の気持ちは,うれしいとか楽しいとかを含めて「幸せな気持ち」か,それとも寂しいとか悲しいとか「不幸せな気持ち」なのか,どちらなのでしょう。

ノートに書きなさい。
 

 全員書き終えたのを確認し,意見交換並びに討論に入った。


   幸せ・・・・・9人,不幸せ・・・・・23人
 

 


(幸せ)・話者は日なたにいると考える。日なたは明るく幸せな感じがする。
     ・かかえきれないというのは,何やら幸せいっぱいという感じだ。
    ・かかえきれないというのは,たまらないという満足感を表している気がする。
(不幸)・つらいような気持ちをかかえきれないという。
    ・誰かが死んでしまったような,つらい気持ちを正面から受け取れないような感じ。
    ・「転がっている」というのが,寂しい感じがする。
    ・日当たりに一つ転がっているのに誰も気づいてくれない寂しさがある。
    ・つらいような寂しいような表現に思える。
    ・多分悲しいことが抱え切れない。だから,りんごが一つ転がっているのでは・・・。
    ・不幸なことを,りんごという一つのものに寂しさに見立てて書いている。

 

 討論したかったが,残念ながら時間である。次のように話して授業を終えた。   


説明3 みなさん。「かかえる」と「日あたり」を辞書で調べてみましたか。これをよーく調べると,話者の気持ちも少し見えてきます。終わります。
 

3.おわりに

 授業が終わっても,辞書を丹念に引く子供の姿があった。

 ところで,ここの解釈だが,私自身は次のように考えている。

 「かかえる」とは,「いだく」「かばう」などのほかに「自分に課せられたものとして持つ」という意味がある。「背負う」「負担に思う」という意味も持ち合わせているのである。

 そうすると,「両手をどんなに大きく大きく広げてもかかへきれないこの気持ち」とは,あまりにも自分に課せられたものは重くつらく悲しいものと解釈されよう。そして,それは,「ひとつ」「転がってゐる」といった,無造作に事もなげにそこに存在している「りんご」と対比して,一層,嘆き・つらさ・苦しみ・不幸せを際立たせているように思えてならない。

 もちろん異論もあろうが,「かかへきれない」「ひとつ」「ころがっいゐる」という表現からは,どうしても「幸せ」とは捕らえられないのである。多くの実践者もおおむね,このように考えているようだ。

 言葉にこだわり,論争を起こす分析批評の授業にまがりなりにも近づけたと実感できた授業の一つであったと思える。

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