ポルトガル・リスボンの生活 くりの家



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【日常】青天の霹靂 5


 火曜日。

起きたらすごい二日酔いでした。

でもその日は歯医者さんに行く日だったので、布団から自分を

引き剥がすようにして起き、リスボン郊外にあるその歯医者に

行きました。それから、その帰りに友達のアルゼンチン人の

メルセデスに電話をして、その日のお昼に会う約束をしたので

あります。

 

 メルセデスの家はリベルダーデ大通りの近くにあります。

会って、それから近くにあるレストランに行き、スープと

トーストサンドと、トロピカルサラダを頼んで話をしました。

私の突然の受難話にメルセデスは大層驚き同情してくれて、

それでも引っ越し先が決まりそうだ、と言う話を聞くや否や、

「じゃあ、私が指揮とって、アレッサンドロやマンフレッドや、

 私のダンナや皆を集めて皆で引っ越し手伝ってあげる。」と

言ってくれたのであります。

「そんなー。」と笑うと大真面目な顔をして

「ホントよ。だって、友達じゃないの。」と。

私は嬉しくて胸がいっぱいになりました。

 

 その後はジョンに会ってコトの経過を話しました。

何とか7階に住むことになりそうだと言うと、すごく喜んで

くれました。

その日はダンナが例の不動産屋さんに会うことになっていたので

時々携帯で連絡を取りましたが、不動産屋さんとの時間の都合が

なかなかつかないとのことで、夜になってしまいました。

夜は例の弁護士のダンナさんを持つ友達と電話で話をしましたが、

「やっぱり出ていくしかないね。」と言う結論に達しました。

その時、私の携帯が鳴りました。

液晶表示を見れば、それは私のダンナから。

不動産屋さんと連絡が取れたのかしら。

「ダンナから電話入ってるから、また連絡するね。」と友達に

言って電話を切り、携帯を取りました。

「今不動産屋さんと連絡が取れたぞ。」

「うん、会えるの?」

「いや、会わない。でも、」

「なに。」

「不動産屋のおばちゃんが、ウチの大家さんに電話して

 『あと少ししかいられないのに突然出ろなんて酷いじゃない』

 ってクレームつけたら、大家さん、あの退去通告取り下げたって。」

「・・・えええええっっっっ!!!」

「良かったよな〜。」

「だ、だって心臓病の息子は?」

「それが、ここのところ経過が良くなって来たので、看護つけずに

 同居するだけでいいかなって思い始めたって。」

「え、えーーーっっっ。ばっ、ばんざ〜い!! やった〜〜〜!!!」

 

 携帯を持ったままホントに万歳をして部屋を走り回ってしまいました。

息子がそれを見て喜んで後ろを走っています。

でっ、出ていかなくてもいいの〜。

コレって、一番いい解決じゃないか〜。

ああ、神様〜、ありがとう。

フェルナンデス〜、ファティマ〜、みんな、ありがとう。

 

 その後9階にいる大家さんに確認に行って欲しいと言うダンナの

依頼で9階を訪れました。大家さんの家は通常1フロア5世帯入る

はずのところを1フロア2世帯で使用、と言う大邸宅であります。

チャイムを鳴らすと、お手伝いさんとおぼしき人が出て来ました。

「奥様がお入りになってとおっしゃってます。」

「失礼します・・・。」

家の中に入ると、大家さんと息子さん、他にも家族らしき人たちがいました。

「不動産屋さんから、ここを出て行かなくてもいいと聞きました。

 住み続けることが出来るのですね・・・。」

胸が詰まってしまってまたまた涙が出て来ました。

大家さんのおばあちゃんはそれを見てびっくりして、「ああ、あんな

手紙を書いたけれども、もう全部大丈夫だから。状況は変わるもの

だから。心配しないで。」と私と息子をソファに座らせて、それから

いろいろな話をしました。

まだポルトガル語でコミュニケーションが取れなかったころ、私たちは

入居しました。大家さんはポルトガル語とフランス語しかできず、英語も

通じなかったので、特に接触することもなく、大家さんとたまに会う

ことがあっても、挨拶程度しか話はしませんでした。

初めてそこで、日本の話や、ポルトガルでの生活の話など、ちゃんと

大家さんと話すことが出来たのです。

話をして初めて、大家さんは私たちがあの手紙を受け取ったショックの

大きさを分かってくれました。彼女にしてみれば自分の持ち家だし、

特に交流もない外国人に貸すよりも、息子の病気のほうが勿論心配で、

大事だったのです。

思い直してくれて本当にありがとう、とお礼を何回も言って

大家さんと別れました。

 

 この4日間の苦しみは何だったんだろう、と思うくらいに一気に

気持ちが軽くなりました。すぐ階下に降りてフェルナンデスに

「大家さんが退去通告取り下げてくれた。」って言ったら

フェルナンデスもとても喜んでくれました。

相談にのってくれた友達にすぐ電話をしたら、お祝いをしようと

言って家によんでくれました。

翌日は奥さんのファティマが私を見るなり抱きしめてくれました。

「よかったね、クリ。一番いい形で落ち着いたね。本当に心配した。」

と。

 

 この4日間、地獄に突然突き落とされたような気持ちでしたが、

その間いろいろな友達に助けられました。

Tくん、ありがとう。

Eさん、ありがとう。

マイケル、ありがとう。

トモちゃん、ありがとう。

Hさん、ありがとう。

フェルナンデス、ファティマ、ありがとう。

フランシスカ、ジョン、

マンフレッド、メルセデス、アンゲリーナ、ありがとう。

Yさん、ありがとう。

Nさん、ありがとう。

みんな、本当にありがとう。

 


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