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【ビバ!幼稚園】ポルトガルの幼稚園
ここに来たばかりの頃アタマが痛かったのが、住まいと息子の幼稚園でした。
インターナショナルスクールはみんな郊外の方にあって、日本人は
皆そちらに住み子供をスクールに通わせています。
でもウチはリスボンに住みたいし、インターナショナルスクールは
とても高いし・・・。 折角ポルトガルに住んでいるのだから現地の
幼稚園に通わせたい、でも息子は日本人。大丈夫なのかしら。
そう迷いながら郊外とリスボンとを行ったり来たりし、家を探して
いたわけですが、リスボンで遂に住みたい家が見つかってからは、
もう心は決まりました。
息子はポルトガルの幼稚園に通わせよう!
でも知り合いの日本人で子供をポルトガルの幼稚園に通わせている
人はいません。つまり情報がないのです。
どこの幼稚園に入れたらいいのか皆目見当もつきません。
でもある日、「英語の通じる幼稚園が近くにある。」と言う話を聞き、
思い切って面接に行くことにしました。父母そろってポルトガル語は
まだ全然話せない状態、ましてや聞き取りは不可だったので、英語の
通じる先生がいるそこならばなんとかなるかも、と藁にもすがる
思いで出かけました。
幼稚園と小学校が一緒になったその学校はまあまあ大きい学校でした。
園庭にブランコや滑り台、砂場があって、子供達が沢山遊んでいます。
東洋人一家を見つけた子供達が物珍しげに寄ってきました。
多分7?8歳くらいなのでしょう。
ニコニコと息子にポルトガル語で話しかけています。
頭を撫でてくれる子もいます。とてもいい感じ。
もしかしたら、ここで大丈夫かもしれない。
手続きのため事務所の方に移動しました。
英語の出来る先生というのは、女の園長先生だけでした。
パスポートなどを渡して、申込書にいろいろ書き込み、それから
暫く話をしました。
私たちが一番心配していたのは、息子は東洋人でありその外見が他の
子供たちとかけ離れていること。それが原因でいじめられたりしない
だろうか。大丈夫だろうか。
カタコトの英語で、その心配を伝えると、園長先生は思い切り笑い
飛ばしたあと、真顔に戻って
「うちの幼稚園はそんなことは絶対にない。インディアナもいるし、
他の国籍の子どももいる。安心しなさい。」と言ってくれたのです。
その自信に溢れた顔を見て、よし、この幼稚園に賭けてみよう、と
思ったのでした。
幼稚園初日は思ったより、すんなりと出かけて行きました。
新しい幼稚園のトレーナーの上下に着替えて朝8時。
乗り物大好きの息子は、迎えに来たクラシックなタイプの赤い幼稚園
バスがすっかり気に入り、私たちの心配をよそに、ホイホイとバスに
乗り込み、手も振らずに去って行ったのです。
その日は一日中心配でした。
日本では幼稚園に行ったこともないし、転勤ちょっと前の引っ越しの
支度で保育園に一時的に入れたときもあったけど、あの時もシクシク
泣いていた息子。
今頃泣いていないかしら。
言葉もわかんないし、大丈夫かしら。
ウチのアパートにバスが来るのは午後4時45分だって言ってた。
心配で心配で、4時半をまわった辺りからアパートの下でウロウロ
していました。
4時45分に赤いバスが来ました。幼稚園バスです。
ああ、帰ってきた?っと思ったら中に息子はいない。
他の子供達の服を見ると、幼稚園の服が違います。
ああ、違う幼稚園バスだと思って、そのバスをやり過ごしました。
息子のバス、50分になっても来ません。
55分になっても来ません。
5時になっても来ない!!!
ウチの子はもしかしたら、違う場所でおろされたんじゃないかしら。
バスが事故にあったのかしら。
私が時間を聞き間違えたのかしら。
ああ、こんなことなら幼稚園の電話番号を家から持ってくるんだった。
そしたらアパートの受付から電話が入れられたのに。
電話番号取りに帰ろうかしら、でもその間に到着したらどうしよう。
5時10分をまわりました。
もう心配も極限。
暗記してあるダンナの職場の電話番号をまわしました。
でも呼び出し音を鳴らしているその最中、あの赤いポンコツバスが
アパートの近くに見えました。ああ、ああ、帰ってきた?。
「ちょっと遅れた」と言うバスの付き添いのおばあちゃんにお礼を
何度も言いました。息子はにこにこして降りて来て、バスに乗って
いるみんなにバイバイを言い、
「これもらったの」と、雑誌と色鉛筆の入ったビニール袋を
嬉しそうに見せてくれました。私はとてもホッとして、ぎゅーっ
と息子を抱きしめました。息子はきょとんとしてた。
「ようちえん、楽しかった?」
「うん、たのしかった。いっぱいあそんだのよ。」←私の影響で女言葉
いっぱいあそんだ、その通り、トレーナーからズボンから靴から、
全て泥だらけで真っ黒になった息子は親の心配をよそに嬉しそうに
笑いました。
こうして息子の幼稚園ライフは始まりました。
まだ、3歳の時のことでした。