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【日常】電脳病13


(--)1月27日 土曜日 感染して10日目

 

 目が覚めたら朝の8時でした。

昨日眠れなくてワインいっぱい飲んで寝たので少し具合が悪いです。

ダンナが「あれっ、今日補習校お弁当いるんじゃないの?」と言うので、

えっ、と思ってカレンダーを見るとまさにお弁当の日!

ひええー。

焦ってサンドイッチを作りリンゴを切りました。

ひどいシンプルなお弁当・・・・・。

 

 電話のベルが鳴ったので受話器をとったらSさんでした。

「ごめん・・・・パソコン送りたかったんだけど、

 今日東京大雪で・・・・とても郵便局に行けないよ。」

「うん、ごめんね。いいよ。送れる時で。もうどうしようもないし。」

「PC結局どうなったの。」

「富士通のもダメみたい。」

「えっ。」

「IBMのはCDからの再インストールがどうしても出来ないの。」

「えっ。」

「だから暫くはもうメールとか出せないなあ。 あああー。(T_T)」

「そっか・・・・ともかくパソコンは出来るだけ早く送れるようにするからね。」

「うん、ごめんね。ありがとう。」

 

 電話を切った後再びインストール画面を出し、インストールをかけます。

再びインストール画面の同じところで、虫メガネマークがくるくると

廻って出ており進みません。

そのまま家を出て息子を補習校に送りました。

補習校に送り終わったところで「あっ、お弁当忘れた!」と言うことに

気づき、家に戻りました。画面は依然インストール画面のあの問題の

ところで、進んでいません。

ため息をついて、電源を切りました。

お弁当のパックをピックアップして、タクシーに戻り、学校にお弁当を

届け、それからスポルティングのショップに行って、

コロンボショッピングセンターに行きました。

 

 FNACでパソコンのコーナーを見つめながら「これ買うとしたら・・・・。」

と考えます。ポルトガルのパソコンはべらぼうに高く、中に入っているのも

ポルトガル語バージョンです。無理だよね・・・・・と悲しい気持ちになりまし

た。

それから気休めに8000円程度のWINDOWS MEのポルトガル語バージョンを

買います。

 

 考えてもしょうがない。

買い物をしよう。日本に持って帰るものをいろいろ決めよう。

パソコンのことは考えないようにし、久々に買い物をしました。

この10日間ずっとパソコンのことばかり考えていた。

ウィルスのことばかり考えていた。

お天気も今日はそんなに悪くない。

気晴らしをしなくちゃ。

 

 息子は午後友達のお誕生日に呼ばれておりました。

息子をピックアップののちその家に送り届け、家に帰って

ダンナと一緒に家の掃除をしました。

夜はサッカーがあります。スポルティングの試合です。

 

 私は試合に集中出来ませんでした。

試合を見ている間中、ずっとずっと自分の行動を追いかけて考えていました。

あの逆さの顔文字。あれがあらわれたのはいつだったっけ。

一体いつから富士通のパソコンとIBMのパソコンを一緒に使っていたんだろう。

IBMのパソコンから自分のアドレスに自動的にウィルスを送るように

していたのだろうか。ダンナの送って来た狂牛病.exeのファイルは

ホントにあれがウィルスなんだろうか。その前から富士通のパソコンには

何かがあったのではないだろうか。Sさんが送ってくれたファイルをIBMの

パソコンで受け取ろうとしたあの時、目の前で消えたのが一体いつで、

再び富士通のパソコンにあらわれたのはいつなんだろう。

FILE00001.CHKのファイルがダンナのほうで最初に発症してる。でも

もしかしたら私のパソコンから送ったものなのかもしれない。

どれが先でどれが後か、今となっては全く分からない・・・・・。

 

 ふと気がつきました。

私のアドレス。インタのアドレス。アドレス自体に何かがあるとしたら。

解約すべきなのではないだろうか。解約してしまわないと、また同じことが

続くのではないだろうか。どうせ今は通信が出来ないんだ。アドレスが

あってもなくても一緒だ。解約しなくちゃ。でもどうやって?

 

 試合は終わり、TVではニュースを流し始めました。

北部の大洪水で人々が泣いており、家々が水没しており、電気屋さんでは

全ての電気製品がプカプカ浮いていました。電気屋さんは絶望的な顔を

していました。5名が行方不明、と言うニュースが流れています。

そうだ。

私や私の家族に何かがあるわけじゃない。

家はここにある。

知り合いのダンナさんは肺ガンで治療中だと言って泣いていた。

ある人のお嫁さんは白血病だと言って、とても悩んでいた。

北部では家々が水に沈んでる。

私は生きてる。ダンナも息子も生きてる。

パソコンが死んでも、もっと大切なものが生きているのだから、

明日からまた頑張ろう。

パソコンはもう戻らない。

明日からまた頑張らなくちゃ・・・・。

 

 

(--)1月28日 日曜日 アドレスを解約

 

 朝早く起きて、パソコンを開け、もう一度だけWINDOWS MEのポルトガル語

バージョンが入れられるかどうか見てみるけどやっぱりダメ。

前日に調べておいたAT&Tのセンターに電話を入れて、解約手続きをしました。

ウィルスにやられたようなので解約したい、と言ったら担当の人は

驚くほどあっさりと手続きしてくれました。

 

 ああ、解約が終わった・・・・・・。

気持ち悪いものが全部取れた気がしてすっきりしました。

その日は息子の友達2人を家に呼んでいたので、朝から部屋の中を少し

片づけて、それから昼食のサンドイッチを作り、友達が来るのを待ちました。

居間のテーブルの上にある黒い箱、ポルトガルに到着してから毎日触って

来た私の黒い箱、私の心のよりどころ。

本当に今はただの黒い箱になってしまいました。

 

 子供2人が来て、いつもより楽かなと思ったのもつかの間、大喧嘩が始まり

息子は大泣き。しかもその泣いている原因が息子のわがままなので、言って

聞かせるのがとても大変でした。それでもずっと押しつぶされそうだった

心がだいぶん楽になっていたので、少しばかり気持ちは救われました。

もう今日は考えない。

もしかしたらここ2週間で一番安心した日だったかもしれません。

(つづく)

 


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