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【日常】電脳病14
1月29日 月曜日 神さまありがとう
ダンナに「絶対にコンピューターの中の不良ファイルを処理しないと人
に迷惑がかかる。」と朝話しました。
「初期化しなくちゃいけないのか。」と聞くので「不良ファイルがあるのに
そのまま通信していたら、何があるか分からないから。」と言うと
「あの膨大な量の情報をFDに落とすなんて。」と途方に暮れています。
「でもそれは必要な情報なんでしょ。」と言うと「うん。」と言います。
「ねえ、必要な情報ならバックアップ取らないと、ホントにパソコンが
いかれた時に困るのは自分なんだよ。」と言いましたが今ひとつよく
分かっていないようで、と言うかパソコンがいかれる日なんてものを
ダンナは考えていないようでした。
その日はポルトガル語のレッスンがあり、フランシスカの家にいた時に
ダンナから携帯にメッセージが入りました。
「computer wo kocchi ni motte kitara N-san ga mitekureruto
itteruyo.」
Nさんと言うのは現地採用のスタッフの日本人で、コンピューターにとても
詳しい人です。すぐに電話を入れて「今持っていく。」と言いました。
レッスンの後、急いで家に戻りコンピューターとアプリケーション一式を
持ってダンナの職場に向かいました。
職場に到着し、Nさんが来ました。
「すみません、すみません。こんなことをお願いして。」
「いえいえ。」
Nさんはニヤニヤしています。
コンピューターを開けたら、移動の間にキーの隙間からゴミがいっぱい落ちて
いて、私のコンピューターはとても汚く見えました。そのゴミを払いながら
Nさんにわけを話しました。
「まあ、CDがあるなら大丈夫でしょ。フォーマットは?」
「フォーマットした状態で持って来ました。」
「じゃあ入れてみましょう。」
起動ディスクを用意し、CDをDドライブに入れます。
Nさんは私が今までやって来た操作をチャチャチャと始め、じっと画面に見
入っていますが・・・・・・環境の設定、の画面に来た時にあの「*******が見つか
りません。CDをCDドライブに入れて下さい。」と言う例のメッセージが
出て画面がそこで止まりました。
「あれえ。変だな。」
「変ですよね。CD入ってるのに。」
「変だな・・・・・。」
Nさんはキーとマウスを操作しながら、いろいろチェックしていましたが、
やはりその画面から抜け出すことは出来ません。
もう一度最初からやり直しをしましたが、やはり同じところで止まります。
「じゃあこの足りない、と言うものだけを私のコンピューターから取り出して
来ますよ。」
部屋に一度戻って暫くしてからFD2枚を持って来ました。
再びやろうとしますがダメ。
何回かの試行錯誤の末、Dドライブから読みとらせると言うのをやめて、MS-
DOS画面からハードに直接コピーさせる、と言う方法でやってみる、と言い出
しました。(と、説明されても私にはチンプンカンプンでしたが。)
私が見ている目の前で、MS-DOS画面を暫く見ていたNさんはとうとう
WINDOWS95を起動させました・・・・・・!!
「すごい!」
私が目を丸くしているのでNさんはちょっと嬉しそうです。
「ドライバ関係も入れたいんですけど。」
「あるんですか。」
「あります。でもアプリケーションCDからうまく入らなくて。
IBMの人はSETUPで全て入るはず、って言ってるんですけど
SETUPで入らないものもあるんです。」
「ああ、じゃあちょっと見せて下さい。」
ディスケットファクトリーからFDを次々と作り、ドライバをインストール
してくれました。私が丸2日費やして苦しんで、IBMの日本のヘルプ
デスクと直接話しながら入れようとしていたドライバが、次々と
コンピュータにインストールされて行きます。
SETUPでセット出来ないものは、そのドライバのインストール画面を出し、
そしてインストールを次々としてくれました。
お昼を挟んで職場に戻り、再びインストールをしてくれます。
その手際の良さにはびっくりしました。
あの私の苦しんだドライバ設定の日々は一体なんだったの・・・・・・。
と思っているそばでダンナが「最初からここにコンピューター持って
くれば良かったんだよな。」と笑っています。
私の顔はかなり喜んでいたようで「2週間振りにお前が笑うのを見たなあ。」
とからかわれました。
モデム、そうだ、モデム。
「あの、Nさん、モデム持って来たらモデムも設定して貰えますか。」
「説明書ありますか。FDも。」
「あります。すぐ持って来ます!」
時計を見たら時間は午後2時半。すっ飛んで家に戻り、モデムとドライバ、
それに到着したばかりのアンチウィルスのCDをつかんでダンナの
職場に戻りました。
「モデムは私良く分からないんですよね・・・・・。」と言いながらNさんは
いろいろ画面をいじります。
「これどうやってもCOM3になっちゃうんですけど。」
「ああ、COM3でいいんですよ。カードモデムでしょ。」
「えっ、そうなんですか。でも説明書にはこの画面ではこう表示されなければ
いけないって。」
「いや、必ずしもこんな表示でなければいけないと言うことはないですよ。
ちょっと見てみます。」
これも最初はうまく行かなかったのですが(当然これを自力でやろうと
したら私なら数日かかってもダメだったと思う)、試行錯誤の末、
とうとうモデムも繋がりました。Nさんは自分のサーバーを入力し
「繋がりましたよ。」と言います。
その背中からは後光がさしていました。
次にダンナの同僚のアナ・リタにお願いして、タダメールサーバーの
契約をして貰いました。
コンピューターにはアンチウィルスを一番に入れました。
「初期化したからウィルスはもういないですよね、ね?」と聞く私に
Nさんは「そりゃフォーマットしたから大丈夫ですよ。」と言います。
ああ、こんなことならばAT&Tは解約しなくても良かったのでは?とちらりと
思いましたが、いや、気持ち悪いものは全部やめたほうがいいんだ、と
思い直しました。
Nさんに何度も何度もお礼を言い、それから直ったコンピューターを持って
家に戻りました。ネスケをインストールしたのち、問題はアンチウィルスの
ウィルス情報の更新。情報更新にはかなり時間がかかり、また途中で進まず
回線が切れたりしたので計1時間半ほどかかりました。
でもなんとかウィルス情報も更新出来ました。
それから持っているFD全てのウィルスチェックをしながら、EmNiftyや
必要なソフトをインストールしました。インストールは面倒くさかったけど、
コンピューターが復活したと言う喜びは大きく、暫くインストールに
集中しました
そして私のパソコンは生き返りました。
さんざん苦しんだ末に無事に通信出来るようになったのです!
ああ、Nさんあなたは神さまです。
ありがとう!
(つづく)