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バルセロスの雄鶏


 15世紀、信仰の時代。人々にはまだ国境と言う概念をはっきり

持ってはいませんでした。この頃のポルトガル人には、現在の

ポルトガル人がポルトガルのサントアントニオを崇拝しているように、

スペインのサンティアゴを祈願崇拝の対象としている人々も

いました。人々は何レグアも何レグアも歩き、屋外で眠りを取り、

行く先々で施されるスープや、農民がくれる黒パンを食べながら

巡礼の旅を続けました。

 

 厚手の服を着た男が杖をつきながらサンティアゴへの道のりを

歩いていました。恐らく他の巡礼者たちのように酷く貧しいわけでは

なかったのでしょう。野宿をせずに宿泊所に泊まりながら巡礼の

道を歩んでおりました。

ある日、この男はバルセロナの小さな宿泊所に泊まりました。

目的地のガリシアはすぐそこです。

 

 この夜、この宿泊所の主人の全財産である、金貨入りの袋が

盗まれてしまいました。バルセロスは小さな集落で、何かが

起きるとあっと言う間に人々にその出来事が知れ渡ったものでした。

それが犯罪に関するものならば特に。

大きな切り株の前にたき火を焚いて、食事をし、酒を飲みながら、

人々は面白おかしくこの窃盗についていろいろ噂しました。

これらの人々の誰かが盗みを働いたと言う可能性はあったものの、

皆近隣の者で長い間の友人や知り合いだったので、被害を受けた

宿泊所の主人はこの常連達を犯人とは思いませんでした。

疑いは巡礼の旅をしていたよそ者にかかりました。

 

「この泥棒め! お前がやったんだろう!

 ここにいる皆が知っているぞ。逃げるな! 

 裁判官様のところに連れて行くからな!」

 

 そして、裁判官はこの男が金貨の袋を持っていないにも

かかわらず、泥棒は彼であると断言し首吊りの刑を言い渡して

しまいました。

 

 死刑執行人が男を死刑場に連れて行く途中、男は一生懸命頼み

ました。

「待って下さい。まだ、裁判官様に言いたいことがあるのです。

 どうか、裁判官様の家に私を連れて行って下さい!」

死刑執行人は少しためらったものの、その必死の形相から、

裁判官の家に男を連れて行きました。

裁判官の家には友人達が集い、大きな食卓を囲んで座って

いました。その食卓には、大きなローストチキンとさまざまな

ご馳走がのっていました。

 

「裁判官様、今一度私の訴えをお聞き下さい! 

 私が無実であると言うその証に、聖母様に奇跡を起こして

 下さるようお願いしたのです。

 私が言ったことが真実になれば、私は無実です!」

 

そう言って食卓を指さし、

 

「私が首を締められるその瞬間に、あのローストチキンが鳴きます!」

と、叫びました。

 

 その場にいた人々は顔を見合わせ、そんなことがあるものかと嘲笑

しました。言いたいことを言い終えた男が再び死刑場に引っ張られて

行きました。

そして、奇跡は起こりました。

それは宴たけなわ、死刑場にいる男の首がロープにかかり締めつけ

られているまさにその瞬間でした。

テーブルの上にあったローストチキンが突然すっくと立ち上がり、

「コーケコッコー!」と声高らかに鳴いたのです!

 

 すわ、あの男は無実だった! 人々は仰天しました。

すぐさま裁判官は首吊り死刑場に走りました。

不思議なことに、ロープの結び目がうまく締まらず、男はまだ生きて

いました。

「待て! その者は無実だ! 縄をとけ!」

こうして、可哀想な巡礼の者は一命を取り留めました。

何年か後、この男はバルセロスに戻り、聖母とサンティアゴの

記念像を作るようにと言ったと言うことです。

 

 このお話はバルセロスのガロ伝説として語り継がれ、ガロを

モチーフとした多くの美術工芸品が生まれました。ポルトガルで

最も有名な伝説の一つです。


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