スコータイ観光案内






◆スコータイの歴史


 13世紀のはじめまでタイは隣のカンボジアのアンコール王朝を起こしたクメール人によって支配されていました。しかしながら、度びかさなる戦役を続けたアンコール王朝は次第に勢力を落とし、その隙を突いてタイ族の独立を果たしたのがシー・インタラーティット王でした。1238年独立を宣言し、初のタイ族の国家が誕生したのが、このスコータイの土地でした。

 現在スコータイ遺跡公園の中心部にある寺院ワット・マハタートはシー・インタラーティット王が建設したといわれていて、スコータイ朝の重要な寺院とされています。

 スコータイの土地は豊かで、クメール人はアンコールの都と同様に灌漑を行い水を1年中絶やさずに水道を掘ってスコータイの土地に行き渡らせたので、タイ族のスコータイ王朝の時代になっても、この土地の豊かさは保たれたのです。

 豊かさを謳歌したスコータイ朝でしたが、南に興ったアユタヤ王朝が勢力を伸ばし、ついに1438年には滅亡させられてしまいました。





◆スコータイ遺跡の観光

スコータイの遺跡は、スコータイの町より西へ車で12km向かった所にあります。このあたりは地元ではムアン・カウ(古い町)と呼ばれています。

 スコータイ遺跡公園(Sukhothai Histrical Park)
スコータイ遺跡公園は城壁と堀で囲まれており、内部には沢山の寺院と遺跡が点在しています。開園時間は6:00〜16:00、入園料は30バーツです。

 スコータイ王朝のかつての都にあたる遺跡公園の中心には、ワット・マハタートがあります。ワット・マハタートはスコータイ王朝の重要な寺院で「スコータイ王国の力の源の寺院」と呼ばれています。中央の仏塔は遊行するする仏陀の弟子たちの像で囲まれていて、スコータイ芸術の傑作とされています。

 ワット・マハタートの東にはかつての王宮のあった場所とされている土盛りがあります。王宮そのものは現在残されてはいません。

 スコータイ遺跡公園の料金所近くには、ラムカムヘン博物館があります。(Ram Kamhaeng National Museum) 営業時間は6:00〜16:00。

 ラムカムヘン博物館にはスコータイの遺跡展示品のほかにラムカムヘン王の記念碑があります。ラムカムヘンはスコータイ王国の功労者で、3代目の国王ですが、彼は19歳の時から戦に出て、敵の国王を一騎打ちで倒し、その後も破竹の勢いで領土を拡大し、ビルマの一部から南はマレー半島まで領土とすることに成功し、スコータイ王国の発展と安定に大いに力を尽くした国王でした。

 ワット・マハタートの周囲には沢山の遺跡が残されています。ワット・マハタートの南350mには、かつてはヒンズー教の神殿だったワット・スリー・サワイ(Wat Sri Sawai)があります。アンコール遺跡で目にするような形の3つの塔が寺院の中心にあります。スコータイの時代になってから、仏教寺院に改装されました。

 ワット・マハタートの西300mには銀の池と呼ばれる静かな池の中央にワット・トラパン・グーン(Wat Trapang Ngoen)があります。中心には仏塔があり、水連のつぼみの形をしています。

 同様にワット・マハタートの北西にある池の中央にある島にはワット・サラ・スリー(Wat Sara Sri)があり、中央には変わった形の釣鐘型の仏塔が建っています。

 スコータイ遺跡公園の北門から少し歩くとおよそ600m四方の堀に囲まれたワット・プラ・パイ・ルアン遺跡(Wat Phra Phai Luang)があります。この遺跡はスコータイ王朝が出来る以前のもので、クメール人によって支配されていた時代の都市の中心であったと考えられています。

 ワット・プラ・パイ・ルアン遺跡の西にあるのはワット・スリ・チュム(Wat sri Chum)です。高さ18mの巨大な座仏が高さ15m厚さ3mの壁を持つ堂に収められています。座仏の大きさはスコータイ遺跡最大です。

 遺跡公園の2km南にあるのがワット・チェトゥポン(Wat Chetuphon)です。ここには塔の四面に巨大な仏の立ち姿や歩く姿がレリーフで彫られています。



ホテルリンク ロータスビレッジスコータイ




 


copyright (c) CafeSaigon. all right reserved. since2005
リンクフリー:どのページへのリンクでもOK