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【日常】婦人科に行ったよ


 2000年7月。

参ってしまったことに生理が止まらなくなりました。

始まったのは5月の末なんですけれども、一回止まってまた始まったソレは

出産後のよ〜な生理。

私は飲んべえなので、元々生理不順だし2ヶ月や3ヶ月来ないなんてことも

よくあったのだけど、止まらないのは初めて。

それでも呑気な私は、何とも思わないでいたのですが、ある日友達と電話で

話している時になにげに「生理がとまんないの」って話をしたら、

「クリさん、それ、絶対に子宮筋腫か癌よ。」
          ===========

「私のおばもそれで死んだのよ。」
        ========

と言われてしまいビックリ。

癌を宣告されちゃったみたい。

にわかに死が身近なものとなってしまって元気なくなってしまいました。

手元にある本には生理が止まらないのはやっぱり子宮筋腫か、

もしくは進行した子宮癌なんて書いてあるし。

そう言えば日本で4年くらい前に精密検査をした時に、子宮の中に

何だかちーさいものがある、これは将来的に取らなくちゃかもだし、

取らなくて済むかもだし、それは先になってみなければ分からない

とか言われたことがあったっけ。

私、この子を残して死ぬのかしらー、

とか思ったらとてもテンションが低くなってしまった。

ポルトガルにいるのもあとちょっとだけど、手術するとしたらやっぱ

日本でするのかしら。

そしたら、夏に帰って、もうここに戻ることもないかもしれないなあ、

とかいろいろ考えたりしてすっかり落ち込んでしまったの。



 その後、ポルトガル語の先生にその話をしたら

「癌じゃないわよ。私も全く同じ経験があって、単なる生理不順だったから。

 ピル飲めば直るわよ。」と言ってくれてちょっとだけ安心しました。

と言うか、癌だと確定したわけではないんだから、悩むのはやめよう、

と言う気持ちになりました。

アルゼンチン人の友達メルセデスがすごく心配してくれて、婦人科医を

紹介してくれ、おそるおそる行きました。

ちょうどその前日くらいに生理はほぼ止まっていたのでありますが、

やっぱ検査せずに放っておくのもなー、と思いまして。



 ダンナはいたく心配し、婦人科につき合ってくれたのでありますが、

先生から質問される「生理は何歳から始まりましたか。」とか

「出産は安産でしたか。」なんてのはいいにしても、その後の

「セックスはしてますかー。」とか

「セックスの後の痛みはありますかー。」

みたいなことばっかで、ダンナの前で話すのはとってもイヤだった。



 日本の婦人科では、台にのっかって、足そのものをのっける

ところがあるのですが、こっちの婦人科はちょうどヒザの辺りを

のっける形で不思議でした。

日本みたいにカーテンないからもろ見えで恥ずかしいし。

明るいいい先生だったから、まあなんかさばけて会話してたけど。

「お〜、美しい子宮だねえ〜。こんなに美しければ心配ないよ。」だって。

検査が終わってから家に帰るまで、アソコが痛痒くて辛かった。

クリームみたいなのをつけたからそのせいかなあ、と思いつつ、

家帰ってすぐにビデで洗いましたが、すごい泡が出たんだけど、

アレって、石鹸じゃないのかしら。

石鹸つけたままにしたら荒れちゃうぜよ。



 結局その後、子宮の写真などを撮り、子宮の中特に問題はなさそうだと

言うことで精密検査はしていません。

それからは生理も普通通り来るようになったし・・・。



しかし思うにつけ、どうして若い頃はあんなに死にたいとか思ったりしたんだろう。

今は全然死にたくないなあ。

生きていれば、この先年とっても、きっといろいろ楽しいことがあると思うし。

辛いこともあるかもしれないけどね。

生きているって素敵です。

 

 


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