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【ビバ!幼稚園】悲しい現実
息子は今6歳。すっかりポルトガル人。3歳で、日本語もロクにしゃべることが出来ないままポルトガルに
来て、悩んだ末にポルトガルの幼稚園に入ることになりました。
幼稚園の面接の日には、教室に置いてから園長先生と話そうと
思っていたら大泣きされて、しかたなく園長室に一緒に行ったっけ。
面接の時は私たちの陰でモジモジして、小さくて痩せていたから
一番小さな制服もブカブカで借り物みたいだった。
園長先生は「なんて小さい・・・。」とびっくりしていました。
入って1年間はワケわかんないまま過ぎた。
私は学校に行っていて忙しかった。
ダンナは慣れない仕事でてんやわんやだった。
来た年の冬は滑り台から落ちてアゴを7針も縫った。
だんだん、友達のお誕生会に呼ばれるようになって、そして、
気が付いた時には、学校が本当に楽しいんだなー、入れて良かった、
と思うくらいに毎日張り切って幼稚園に出かけるようになりました。
来た時はアパートのエレベーターのボタンも、ウチの6階が押せなかった
のに、今は9階(ボタン2つ上)まで押せるようになったー、
成長したもんです。
息子の親友は、大人しいマヌエルと言う男の子、やんちゃな
アンドレ・パトリシオ、そしてとても幼稚園児に見えないでっかい
ロドリゴと言う男の子です。恋人は、時々変わるものの、大抵は
イネス・アムリーン。他にも仲良しはたくさん。
3年間の間に、息子はポルトガル語がびっくりするほどペラペラに
なり、話す人誰もが息子のことを「訛りがまったくない。お父さんや
お母さんよりもずっと上手に話す。」と褒めてくれるようになりました。
見かけは日本人ですが、ポルトガルの子供なのです。
息子はポルトガルが大好き。
もちろん、ダンナも私もポルトガルが大好きです。
でも仕事にはリミットがある。
2000年になってから、ぐんと増えた私たちへの質問は
「いつ日本に帰るの?」。
帰りたくない、でも帰る時期は決まっています。
「2001年の、3月です。」と答えていた頃はまだ良かった。
あと何ヶ月、あと何ヶ月、と言う表現になって来た頃から、私の中では
とても苦しい、寂しい気持ちが現実的に現れて来ました。
春が来て、夏が来て、まぶしい太陽のもと、来年はもうこの太陽の下に
いることは出来ないのかと思うと、まだ半年以上もあると言うのに、涙が
出て来ます。
これを書いている今は2000年9月14日。 帰国まであと半年。
昨日、息子はマヌエルのお誕生日に呼ばれました。
セグンダシルクラールの高速道路沿いにあるマクドナルドで、息子は楽しく
皆と遊んでいました。迎えに行くと、マヌエルのママは「この後、家で
親族を呼んで誕生会をするので、息子さんを連れて行ってもいい?」
と聞きます。もちろん、いいですよと言うと、マヌエルのママはパッと
明るい顔になりました。
帰りどきになったら連絡する、と言っていたけどマヌエルのママからは
夜11時になっても電話が来ない。業を煮やして電話をしたら、まだ
パーティの真っ盛りでした。翌日学校があるので、と言って迎えに行ったら、
お酒を飲みなさいと勧められて、少しそこにいることになりました。
親族のパーティと言っても、20人くらいの人がいて、次々に挨拶をします。
マヌエルのママはとっても親切な人で、息子のことを可愛がってくれます。
そのマヌエルのママが「やっぱり日本に帰ってしまうの?」と
聞いてきました。
「勤務時期は3年と決められていますから・・・・他に道はありません。」
「どうしても?」
泣きたい気持ちでした。
「私たちもポルトガルが大好きだし、ずっとここにいたいけど・・・・。
どうしようもないんです。」
マヌエルのママは少し酔っているのか、目に涙をためています。
「サオン(幼稚園の時の先生)が、私に言うの。息子さんとマヌエルは
とても仲がいいから、去る時のための心の準備をしておかないと、
マヌエルはとても傷ついてしまうって。」
「サオンが・・・。」
「あんなに、仲がいいのに・・・。」
息子とマヌエル、そしてアンドレ・パトリシオの3人が無邪気に走り回って
遊んでいます。私は、いい年して泣き虫なので、マヌエルのママの顔を
見ないようにしていました・・・・。
今日家に戻ったら、大家さんから手紙が来ていました。
「来年の3月以降は契約更新しないので、その積もりで。」との
手紙です。大家さんの息子さんは心臓を患っているので、同じアパートの
私たちの部屋を使いたいと前々から聞いていました。
契約更新なんて、出来ないからダイジョブですよ。
だって、3月には日本に戻るんだから。
複雑な気持ちでその手紙を読みながら、ああ、あと6ヶ月だ・・・・と
しみじみ考えていたら、幼稚園バス到着の時間の5時になりました。
階下に降りて息子を待ちます。
「ママー、きょうはね、いっぱいべんきょうしたんだよ。」
「そうだね、プリメイロアノ(一年生)になったんだもんね。」
「あ、ノートにね、カバーのビニールつけなくちゃいけないんだよ。
(突然ポルトガル語。日本語で言えないらしい。)」
「じゃあ、いつもの文房具屋さんに行こうか。」
息子の手を引いて、歩いて1分もかからないローマ通りの文房具屋さんに
行きました。そこには、ルイーザという、年の頃は40代前半くらいの
女性がいます。行く度に息子をメチャメチャ可愛がってくれる
スポルティンギスタです。
「オーラ!」
「オーラ! ルイーザ!」
着くなり二人はおしゃべりを始めました。
「この間は私、悲しかったわよ。」
「なにが?」
「あの、レアルマドリッド戦。見に行ったんでしょう。」
「みたよー。スタジアムにいったもん。」
「あそこに君がいるのかと思うと、胸が痛んだよ。
折角勝っていたのに、引き分けたね。」
「んー。」
「勝つと思ったのに。」
「ぼくはね、にほんにかえったら、サッカーのせんしゅになるんだ。」
「えっ。」
それからルイーザは私のほうを向いて、「日本に帰るの?」と聞きます。
「シン(はい)。」と答えると「いつなの?」とまた聞きます。
「プロッシモ(今度の)・・・・」と私が言いかけたら、息子が
「プロッシモマルソ!(来年の3月)」と、サッカーのシュートのマネを
しながら答えました。
「プロッシモマルソ?!」ルイーザの顔がたちまち曇ります。
「もう、すぐじゃないの。信じられない。」
「帰らなければならないんです。ここにいる期間は限られているから。」
「ナオン! どうして帰るの。ここにいることは出来ないの?」
「できません。決められたことです。」
「そんな。」
「最初から3年間って決まってるんです。」
「おお・・・・おお、帰っちゃう前に、私と一緒に写真を撮って頂戴。
私、ずっときみのこと忘れないで、いつも持っているから。」
そう言うルイーザの目は本当に悲しそうで、私は苦しくて悲しくて
泣きそうになりました。
「でも、今は帰る日のことは全く考えないんです。あと少しだけど、楽しく
ここで過ごしたいから。」
「そうね、そのほうがいいわね。考えることないわよ。」
ルイーザは私が半泣きになっているのに気づいているのかいないのか、
慰めるようにそう言ってくれました。
文房具屋さんを出た時は、今にも泣きそうでした。
外はまだとっても明るいのに。
息子と目を合わせないようにして会話していました。
「ママ、のどかわいたよー。」
「ジュース、買って行こうか。」
ウチのアパートの隣りにはメルセアリア、と言う八百屋果物屋兼コンビニの
ような便利なお店があります。そこには洗剤もお菓子もジュースも売っている
ので、私たちが気軽に買い物をするのにとってもいいところだったのですが、
前日まで夏休みで、1ヶ月ほど休んでいました。
店員は入れ替わり立ち替わりだけど、私たちが行く時間帯はたいてい
ローザと、若いおにーさんがいます。
彼らとはポルトガルに来て以来のつきあいで、もう長いことずっと
変な冗談を言ったりからかわれたりという仲でした。
「オーラー!」と言って店に入ります。
「このお店が開くのを、今か今かとずーっと待ってたのよー!
このお店がないっていうのは、なんて不便なのうっっ!」と言うと、
ローザはニヤニヤ笑っています。
「あっはっは、スポルティングはレアルマドリッドに勝てなかったわね!」
(彼女はベンフィキスタ。)
息子は、モジモジしつつ何も言えないでいます。(引き分けたから)
暫くいろいろ話したあと、唐突にローザが聞きました。
「ところで、日本に帰るのはいつ?」
息子は目を合わせないで答えます。
「プロッシモマルソ(来年の3月)。」
ええっ、と言う顔をローザがしてこっちを向きました。
「来年の3月??」
「シン。(はい)」
「だって、あともうすぐじゃないの。」
「もう、すぐですね。」
「どうして、もっといられないの。」
「いられません。赴任時期は決まってるから。」
「どうしても、ダメなの。」
「帰らなければいけません。他に道はないんです。」
「オー・・・・。」
ローザの顔は絶望的でした。
絶望的なのはこっちなんだよう。
私たちだって、もっとここにいたいよう。
「でも、今はそんなこと考えない。考えないし、言いたくない。」
と、言うとローザは「そ、そうよ、今は何も考えないほうがいいわ。
人生には何が起こるかわかんないんだから」と言いました。
「いなくなるなんて・・・。」
アパートのエレベーターに乗り込み、息子と2人きりになったら
ますます悲しみが襲って来ました。
もうすぐ、クリスマス。
クリスマスにはリスボンの街中に、安っちいけど可愛らしい、クリスマス
イルミネーションが飾られます。
一年目のクリスマスの時、あのイルミネーションを見て悲しかった。
あと2年経ったらここを去るのかと思うと。
二年目のクリスマスの時は希望に溢れていた。
ダンナが仕事をやめてでも、親子3人ここで暮らすことが出来るって。
どんなことしてでも、ポルトガルに残りたいって。
そして3年目の今年のクリスマス。
私はあのイルミネーションをどんな思いで見るんだろう。
きっと見る度に涙をこらえられないんだろう。。
現実は現実で、赴任した日から3年過ぎる前に私たちはここを発つ。
朝が来る度思う。夜眠る時暗闇で思う。
毎日は始まり、1日は確実に終わる。
そしていつのまにか冬になり、その日は絶対にやってくるんだ。