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【ビバ!幼稚園】初めての長期欠席



 2000年10月11日水曜日。

その日はポルトガルナショナルチームとオランダの試合が

オランダのホームである日でした。

前の週にアイルランドと引き分けた我がポルトガルチームにとってはとても大切な試合。

息子はその日の試合を見るのを楽しみにしていたのですが・・・・



 学校から家に帰って来て暫くして「頭熱いの。」と息子が言いだしました。

「熱いの?」「うん。」どれどれ、と体温計を取り出して来て計ったら、なんと39.8度!

「すごい熱じゃないのっ。すぐ寝なさいっ。」

日本から大量買いして来た風邪薬を出して来て、飲ませ、それから

ビタミンが必要だと思いオレンジジュースを飲ませ、

「サンドイッチ食べられる?」と聞くとうん、と言うので食べさせます。

リンゴを少し食べさせて、しばらくしたら息子はふーふー言って眠りにつきました。

オランダ戦どころではありません。



 オランダ戦を同じく楽しみにしていたダンナが、職場から飛んで帰って来ました。

息子が病気なのを知り、「あんなに楽しみにしていたのに・・・・。」と顔を曇らせます。

結局、ポルトガルはオランダに勝ち、息子が再び起きた時には試合の結果を

知って満足、また眠りにつきました。



 翌朝木曜日、熱はすっかり引いていました。「がっこういく。」

と言う息子に「大丈夫なの?」と聞けば、「ダイジョブ。いきたい。」と言います。

その日は元気に学校に行きましたが、午後になって学校から、

息子が熱を出したので迎えに来て下さい、と言う電話が入りました。

「38度あったんです。」と言う先生に「朝は熱がなかったんですが」

と言うと「子供ですからね。熱が突然出ることもありますよ。」とのこと。

ともかく連れて帰りました。

家に着いて、眠いと言うので少し寝かせます。

1時間くらい経って起きたら、熱はすっかり下がっていました。

そして、翌日金曜日は普通に学校に行き、普通に帰って来ました。



 土曜日、この日も朝は平熱。でも、昼頃になったら熱がポーンと上がりました。

38.3度

「ちょっと、大丈夫? 頭痛くないの?」

「あたま、ちょっとだけいたい。」

「寝なさいー。」

そして寝たら元気になりました・・・・。日曜日も同じ・・・・。



 月曜日、朝平熱。

学校に行くと言うので、大丈夫かなあと思いながら送り出します。

でも、午後になり学校から電話が・・・・・。

「熱出してます。今日帰って、明日も休んだほうがいいです。」

「分かりました。明日も休ませます。」

この風邪ずいぶん長いな、と思いました。

いつもなら熱を出しても2日もあれば熱は出なくなるのに。

お医者さんに連れて行くべきなのではないかしら。

明日はスポルティングのホームでスパルタック戦もあるし・・・・。

家に帰って、少し寝たら熱の下がった息子に

「ねえ、お医者さんに行こう。」と言ったら、

恐怖に目を見開いて「ぜったいやだ。」と言います。

「ぼくもうおねつないもん。おいしゃさんやだ。」

どうも予防注射の時のトラウマが取れていないようで、どんなに言って

聞かせてもガンとしてウンと言いません。

地団駄踏んで暴れてイヤだと言うのです。



 実際、こちらの医療事情は評判が悪くて、日本人の間では

アフリカ並などと言う噂もありました。

医療費は高い上に、医療制度もしっかりしていない。設備もダメだと。

それが頭の隅にいつもあって、医者行きは余程のことがないと行かない、

と思うようになっていました。

何より私も息子もとても丈夫だし、それまでは薬で病気治っていましたから。



 火曜日朝、熱はありませんでした。

学校を休ませることになっていたので、息子は家にいました。

セキはコンコンと出ているものの、ちゃんと食べるし、笑うし、元気です。

様子を見て夜のスポルティング−スパルタック戦を見に行くかどうか決めよう、

と思っていましたが、計って熱もなく、本人も「いきたいー。」と言うし、

自分も行きたかったので、息子に完全武装させて、スパルタック戦を見に

行きました。(ボロボロに負けました・・・・。)

帰って来て熱を計ったら、37.5度・・・・。 熱出てる・・・・。



 翌日水曜日。

大事を取ってもう一度休ませることにしました。

朝は熱がありませんでしたが、午後1時になって

「つかれた。ねたい。」と言うので熱を計ると38.3度。

もう一週間です。

長すぎる。これはさすがに変だ。何か変な病気なんではないかしら。

もしかしたら、白血病とかかもしれない。

にわかに不安になった私は、ダンナに電話をしてダンナの知り合いが

紹介してくれたお医者さんの予約を取って貰い、翌日木曜日、てこでも

動かないとうずくまる息子を引きずるようにして、英国病院と言う名の

病院へ行きました。

英国病院は2年前に息子がアゴを7針縫う大けがをした時に、

薬を貰いに行った病院です。

英国病院と言う名前ではありますが、そんなに大きなところではありません。

病院に行く途中の道で

「いきたくないよー。やだよー。かえりたいよー。」と大声で息子は泣いています。

でもダメだ。連れて行かなくちゃ。

予約の時間を1時間以上過ぎて、息子が呼ばれました。

名医だと言う噂のそのお医者さんは、恐らく60歳を過ぎたと思われる

優しい瞳の痩せたおばあちゃん。

今までの症状を説明します。

子供が心底好きなのか、子供の扱いに慣れているようです。

最初はおびえていた息子も、あっと言う間に警戒心を解いて、

おばあちゃん先生とたくさん話し始めました。

「ここにのぼってごらん。じぶんでできるね。」と先生が言うと息子は

「うん、のぼれるよ。」と診察台に自分でのぼりました。

「よしよし、じゃあ、こわくないからね。音聞かせてね。」と言い

聴診器を取り出し、息子の胸に当てた先生の顔色がザッと変わりました。

「ふむ。後ろも見せてね。」相変わらず真剣な顔のまま、

聴診器を移動させて行きます。

「ふむ。ふむ。」それから私の方を向き直り

「最初に熱が出たのはいつと言いましたっけ。」

「先週の水曜日です。」

「8日前ですね。あなた、これ、よくありませんよ。今すぐレントゲンを撮りましょう。」

私がとても不安そうな顔をしていたらしく、

「大丈夫ですよ。治りますから。ともかくレントゲンを撮ってから

 説明します。お母さんは妊娠していませんね。」と聞きます。

「・・・・していません。」

「じゃあ、一緒にレントゲン室に行って下さい。」



 レントゲン室の技師の人はとても親切でした。息子はスヌーピーの

アニメでしか見たことのないレントゲンの機械を見て大喜び。

「面白いぞう。体の写真を撮るんだよ。」と技師さんが笑わせます。

「いいかい、息を吸って、止めて、そのままだよ、そのまま、よーし、もういいよ。」

その場で現像されるレントゲン写真を息子はワクワクして見つめます。

プリントされた写真を、技師さんはさっと眺めて「ああ。」と言い

「これをさっきの先生のところに持って行きなさい。」

と言いました。



 先ほどのお医者さんの診察室に戻って写真を渡します。

先生はそれをレントゲン写真板のところに貼り付けました。

「やっぱり・・・・。」

「悪いんですか。」

「悪いですね。お母さん。彼はPneumoniaですよ。」

「プネモニア・・・・!(肺炎だ!) プネモニアなんですか。」

「ほら、ここの左側の肺が真っ白でしょう。かなり悪いですよ。」

「そんな・・・・。」

「彼は、何かアンティビオティコ(抗生剤)を飲んでいましたか。」

「日本から持って来た総合感冒薬で、いろいろな薬がミックス

 されたものなので、アンティビオティコが入っているかどうかは

 分からないです。」

「何が入っているか知らないで飲ませてたんですか。」

「・・・・・すみません・・・・。」

「たぶん飲んでないでしょう。市販の薬であれば。

 ここではアンティビオティコは医者の処方箋がなければ

 買えませんからね。」

「家で見てみますけど・・・・。」

「いや、いいです。ともかくすぐに治療を始めなければなりません。

 まず、アンティビオティコを朝晩合わせて2回、

 それからセキの薬を朝昼晩と飲ませます。

 外出は禁止。家で静かに寝かせて下さい。

 ともかく、風と陽差しは要注意です。」

「はい・・・・。 あの、入院などは?」

「ぎりぎりですね。自宅療養して下さい。」



 ショックでした。丈夫だと過信して、風邪だと思いこんでいたのが

肺炎だったわけで、なんと8日間も放っておいたわけです。

しかもその間夜サッカーなんか一緒に連れて行ったりして・・・。

その夜、友達のメルセデスに電話をしました。

メルセデスの息子もつい最近肺炎になったので、話を聞きたいと思ったからです。

「オーラ、クリ、元気?」

「元気じゃないの・・・・。」

「どうしたの?」

「うちの子、この間から熱があったんだけど、肺炎だったの。

 知らないで8日も医者に行かなかったの。今週は大事取って

 家にいたんだけど・・・・。」

「オウ! クリ、元気出して。肺炎は死ぬわけじゃないんだから。

 彼は今週学校休んでたんでしょ。」

「うん。でも火曜日サッカー見に行ったの・・・・。」

「そんなのー。

 私なんてね、朝熱がないから毎日学校に行かせてたのよ。

 本人が具合悪そうにしていても、思春期によくある男の子の

 悩みくらいにしか思ってなかったの。

 それで、最初に熱が出てから10日も学校に通わせてたんだから。」

「でも・・・・・。」

「その上、夜はサッカーよ。観戦じゃないのよ。

 サッカーさせてたのよ。調子良くないから行きたくない、とか言ったのに、

 怠けるなって。誰かと喧嘩したのかな、くらいしか思わなくて。」

「そうなの?」

「そうよ。いい? クリ、アンティビオティコを飲み始めたのは

 今日って言ったわね。」

「うん、今日。」

「熱は、多分3日くらいで下がるわよ。学校は一週間くらいで

 行けると思うわ。」

「ホント?」

「明後日のポルト戦はどうするの?」

「肺炎の子供連れてポルト戦は見に行けないよ。

 一応ダメもとで先生には聞いてみたけど、絶対ダメだって。

 あの子も私もとても楽しみにしていたけど・・・・。」

「そうなのー。抗生剤飲んでいるし、熱がなければ行ってもいい

 気がするけどね。個人的には大丈夫だと思うけど。」

グラグラッ、と心が一瞬動きますが、ダメダメ、と思い直しました。

ポルト戦のチケット、ダンナに払い戻して貰おう。すぐに。



 翌日から、学校に長期欠席する旨を伝え、その日から息子と私の

我が家缶詰生活が始まりました。

熱は薬を飲み始めて2日後から出なくなりました。

おばあちゃん先生のお医者さんには週に一度、それから他にクリスチーナと

言う先生のところで、息子の背中をドコドコ叩いて貰ってセキとタンを出させると言う

(一見かなり原始的な・・・・)療法をして貰いに毎日英国病院に通いました。

タクシーを家に呼び、タクシーで病院に行って、病院から帰る時は

また受付でタクシーを呼んで貰い、直接家に帰ると言う生活です。

学校に行けないのは寂しそうだったけど、母子2人で一日ぺったり

一緒にいる生活は、そんなに悪くなかったです。

病院の先生たちは皆とても優しかったので、息子の病院に対する

トラウマも見事に取れました。毎日喜んで病院に行きます。

それにしても、良かった。治る病気で。

今度からは、何かあったら、すぐに英国病院に行かなくちゃ。

大ごとになる前に・・・・・。


 


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