ポルトガル・リスボンの生活 くりの家



メニュー
   
HOME ビバ!幼稚園 語学学校に行こう EH PA!ポルトガルサッカー!
ダンナギャラリー こんなポルトガル語 ポルトガルのお話 暮らし色々
ポルトガルの迷信 ポルトガル料理レシピ ここが美味しい!レストランわたしのオススメ
ポルトガル国内観光 Link ポルトガル基本情報 自己紹介

ファティマの奇跡(ファティマ)


 これはポルトガルの歴史において最も美しいお話の一つです。

それは、ファティマに於ける聖母の奇跡の出現。

 

 ファティマは今世紀のはじめ、ポルトガル中部の山に隠れた、

素朴で無名な小さな村でした。しかしこのひっそりとした村

ファティマに、1917年、私たちの聖母が突然現れ、その地の

3人の子供たちとお話をされたのち、とても有名になりました。

この3人の子供たちと言うのは10歳のルシア、8歳のフランシ

スコ、そして7歳のジャシンタです。

 

 フランシスコとジャシンタは仲良しの兄弟で、ルシアのいとこ

でした。ファティマからは2キロほど離れたアルジュストレルと

言う寒村に住んでおり、そこに住む人々は羊飼いや農耕などを

して生計を立てておりました。

 

 この3人の羊飼いの子供たちにお話することで、聖母様は

私たち全てに語りかけていたのです。

美しく良きものを愛せよ、祈りを愛せよ、

ささやかな犠牲を愛せよ、母なる空の御心を讃えよ。

汝の無垢な心を汚すもの全てから遠ざかれ。

さすれば、いつの日か聖母は汝を空に導くであろう。

フランシスコやジャシンタにそうしたごとく。

 

【3人の子供たち】

 ルシアは、見た目は少し無骨で陽によく焼け、目は少ししかめ

気味でお世辞にも可愛いとは言えません。でもその心はとても

美しく黄金色に輝いていました。優しく素直で利発、特に愛情

深くいい子なので、誰からも可愛がられていました。

 夏の間のセシュタ(昼寝)の時間には、お母さんとともに

カトリック教の基本を学びました。6歳の時に初めて聖体拝領を

し、その時にお母さんが彼女に言った言葉をその先忘れることは

ありませんでした。

(注:聖体拝領 ? カトリック教で聖餐のこと。ミサなどで、白い

   決まったものをイエス様にちなんで、イエス様の御心を体に

   入れると言う意味合いで食べる。この白いものは一見お菓子

   のようにも見えるが、実は小麦粉と水で出来ていて、味は

   しないらしい。)

 

 アルジュストレルの女達は、畑に働きに行くときや病気に

なった時は、ルシアに小さな子供たちをお願いねと言ったものでした。

祭りの時や葡萄の収穫、オリーブ摘みの時には自分よりも年が

上の女の子たちと楽しく踊りながら出かけました。

さて、7歳になった時、両親はルシアを信頼し、羊の見張りを

全て任せることにしました。山にはたくさんの羊飼いがおりました

が、中でもとりわけ仲良しだったのはいとこのフランシスコと

ジャシンタで、3人はいつも一緒に時を過ごしておりました。

 

 フランシスコは、とても可愛らしい男の子。丸顔でふっくらとした

バラ色の頬、明るく柔らかい髪、清らかな魂と優しい心を持つ少年

でした。口数は少なく、平和をこよなく愛しおおらかで、他の子供

達のように野山を駆け回るよりも、トランプなどをして静かに遊ぶ

のが好きでした。自然の美しさを心より愛し、日の出や日の沈む

のを眺めてうっとりとするのです。音楽も好きだったので、岩の

上で横笛を吹くのが日課でした。

また、とりわけフランシスコは鳥が大好きでした。

ある日、友達が鳥を捕まえて離さないのを見てとても悲しく思い、

どうか放してやっておくれと頼みましたが、友達はイヤだと言い

ます。そこで、自分の大切にしているコインを取り出して友達に

渡し、その代わりに鳥を放して貰いました。

「気をつけるんだよ。もう二度と捕まるんじゃないよ。」

 

 ジャシンタはフランシスコに良く似てとても可愛い女の子でした。

澄んでいきいきとした瞳と愛くるしいその姿。

ジャシンタはとてもデリケートで感受性の高い女の子で、時々

拗ねて甘えてみせたりします。いとこのルシアとはとっても

仲良しで、ルシアとしか遊びませんでした。

毎日静かに、岩の上や谷でお祈りをするのが習慣でした。

ジャシンタは花と子羊たちが大好きでした。

子羊たちにそれぞれ、ポンバ(ハト)、マンサ(のんびり)、

エストレラ(星)、ブランキーニャ(白いチビちゃん)などと

名付けてよく可愛がりました。

子羊たちを膝に乗せ、夜が来るまで抱っこをしていました。

それからまた抱っこしたまま家に戻ったものですが、それでも

大好きな子羊たちのためのこと。疲れることなどありませんでした。

 

 ある日、ジャシンタは山から戻る時に羊の群の中に入り込みました。

「あら、ジャシンタ、どうして羊の群の中に入ったの。」

とルシアがいぶかって聞くと、

「これは、私たちのイエス様を真似ているの。

 ホラ、あの聖なる絵の中で、こうしていたわ。

 こうやって、たくさんの羊の中で子羊を一つ抱いてね。」

とジャシンタは答えました。

 

【空からの使いと聖母の出現】

 毎朝早くに、この3人の小さな羊飼いたちはオヤツを持って、

羊たちを連れて出かけました。

ある日のことです。

その日のお天気は今にも泣き出しそう。

不安に思いながら出かけたものの、すぐにポツポツと雨が降り

始めました。雨が強くなりそうだ、どうしよう、と3人は困ってしまい、

岩と岩の間などに雨宿りの場所を探しました。

突然、ふうっと不思議な風が吹き、3人はびっくり。

見ると、3人のいる近くがだんだんと輝きはじめ、その光が自分たちの

ほうに近づいて来ているのです。驚きに言葉を失い光を見つめていると、

その輝きの中から天使が現れました。

「怖がらないように!」と天使は言います。

「私は平和の天使です。私と一緒に祈りなさい。

『神よ、神よ、汝を信じ愛しています。

 どうか私たちを愛して下さいますように。

 私たちを愛さないようなことがありませんように。』

そして天使は消えました。

それから天使は、更に2回小さな羊飼いたちの前に現れ、

「我らに罪を犯す者を赦すごとく・・・」と祈るのでした。

その最後の出現の時、天使は3人に聖体拝領をしました。

これは、神がこの小さな3人をお選びになったというしるしでした。

 

 1917年5月13日の正午に近い時のことです。

ルシアとフランシスコとジャシンタはコーバダイーリャの山中で

いつものように羊たちの番をしていました。

突然、大きな稲光りが輝いたので、彼らはとても驚きました。

「家に戻ったほうがいいわ。」とルシアが言います。

また近くで大きな稲妻の音。

「そうだね。」とイトコたちは頷き、帰路を急ぎます。

その帰る途中、また大きな稲光りが輝き、トキワ樫の上に

白い服を来た女性が、太陽よりもずっとまぶしい光に包まれて現れました。

 

「こわがらなくてよろしい。何もしないから。」

とその女性は言います。

「どこから来たのですか?」とルシアが聞きました。

「天から。」

「なぜですか。」

「これから6ヶ月、私は毎月13の日に、この時間にここに来る。

 その時に、なぜ私がここに来るのかを言おう。」

白い服を来た女性はそれから、「汝に罪を犯す者を汝は許すか」と尋ねた後、

「毎日祈りを唱えよ」と言いました。そして、

「今後汝らにはとてつもない苦しみが待っているから、その積もりで心の

 準備をしておくように」

と言い残しフッと消えてしまいました。

 

ジャシンタは何が起きたかをまず母親に知らせに行きました。

「お母さん、今日コーバダイーリャで聖母様を見たの!」

「なんですって! おおなんてこと。ええ、ええ、おまえは

 素晴らしい信者ね! 聖母様ですって! へえっ!」

疑わしい目つきで母親は言い放ちます。

 

少しずつ、この聖母様を見たと言う噂は広まって行きました。

ルシアの母親マリアローザはやはり娘の言うことを信じず、

「お母さん、全部嘘なの、ごめんなさい。」と言うのを待っていました。

この小さな羊飼い達の言うことをあざけり笑っていたある男が、ある日ルシアの

母親に質問しました。

「さて、マリアローザよ、娘の言ったことをどう思っているのかね。」

「・・・・知らないわ。知らない。あの子は嘘をつくような子では

 ないけれど、こればかりは、分からない・・・。」

 

ファティマの神父は、小さな羊飼いたちをその後詰問しました。

「こんな嘘は、悪魔のなせる仕業だ。」

 

オウレンのヴィラ・ノーヴアの監督者が全てにケリをつけました。

嘘つきの小さな羊飼いたちを、牢獄に入れたのです。

しかし、どんなに脅しても3人は落ち着き、その態度は全くゆるぎませんでし

た。

このとても大変な状況の中で、小さな羊飼い達は、聖母様の言葉を

思い出し祈りました。

「私たちは、負けません。どんなことがあろうとも、神様の御心のままに。

 我らに罪を犯す者を赦します。」

その決心の強さから、もしかしたら、と言うことになり

3人はとうとう牢獄から出ることが出来ました。

 

 この3人の小さな羊飼いは、聖母様の出現の日から、約束通り毎月13日に

聖母のおっしゃった通りに、その場所に行きました。

彼らは常に祈っていました。自分を犠牲にすること。

「ジャシンタ。ここに来て。遊びましょう。」

ある日、ルシアが言いました。

「今日は、遊びたくないの。」とジャシンタが言います。

「どうして。」

「私はね、あの聖母様のおっしゃったことを考えているの。

 お祈りをすること。そして自分を犠牲にすること。」

フランシスコは最初の聖母様の出現の時に喜びに溢れてこう叫びました。

「ああ、我らの聖母様。お祈り致します。あなたが望むだけいくらでも!」 

そしてその言葉通り、お祈りを続けました。

ルシアとジャシンタも、壁の陰でいつも祈っていました。

いつも、いつも。

 

とても貧しい子供たちがいました。

何か下さい、下さいと家から家へ物乞いをしていました。

ジャシンタはある日彼らを見てこう言いました。

「私たちのおやつを、あの子たちにあげましょう。」

それは、松の実や木の実、苦みのあるオリーブやどんぐりなどで、

彼らにとってもとても大切なものでした。

また、とても暑い日、地獄のようにのどが渇いているときも、ジャシンタは

言ったものです。

「ああ、こんなに暑くて喉が乾いているけれども、お水は飲まないわ。

 聖母様のおっしゃる通り、自分を捧げて犠牲になるの。

 素晴らしいことよ!」

 

【奇跡よ、奇跡よ!】

10月に、万民が信ずるがごとし奇跡を起こそうぞ。

7月13日、聖母様はそう言いました。

ルシアはこの言葉を、聖母について尋ねてくる者全てに繰り返し伝え

続けました。

そしてその日、10月13日がやって来ました。

評判を聞いた人々は遥か遠くからも続々とファティマに集まって来ました。

皆が皆、半信半疑ながらその噂の奇跡を見たいと思っていました。

正午近く、ルシアが叫びました。

「静かにして下さい! 聖母様がいらっしゃいます!」

小さな羊飼いたちの顔色が変わっています。小さな白い雲が彼らを覆いました。

「ここに礼拝堂を建てるように。私はロザリオの聖母。

 毎日祈り続けよ。人々は罪深き人々の罪を許さなくてはならぬ。

 我を傷つけぬ者は、既に傷ついておる者。」

「もっと、私がすべきことはないのですか!」ルシアが聞きます。

「もう、何もない。」

そして、3人の前からロザリオの聖母は姿を消しました。

 

「ほら、ほらあそこに!」ルシアが叫びます。

 

 そこにいた人々全てが、目撃しました。

太陽がくるくると踊るように回転し、ピタリと止まると、それからもの凄い勢いで

群衆の中に向かって墜落しはじめたのです。

人々は叫びました。

「ああ、イエス様! 私どもは死んでしまいます!

 聖母様、どうか私どもをお助け下さい!」

 

 その途端、太陽は動きを止めました。

止まった! 止まったぞ!

もう落ちない・・・・。落ちないのだ。神は我らをお助け下さった。

人々は安堵のため息をつき、そして叫びました。

「奇跡だ! 奇跡が起きた!」と。

 

天に昇るとき

 6月の出現の時、既に聖母様はフランシスコとジャシンタを天に

連れて行くと予言していました。

どちらも、間もなく病気になり、全ポルトガルで肺炎が流行した頃に

フランシスコもそのまだ幼い命の終わりを迎えることになりました。

病気になってからもフランシスコは決して不満を口にせず、

罪深き者の代わりに苦しむのだと、苦しみを喜んで受け入れました。

両親が持ってくる薬はどんなに苦くても全て飲みました。

それは両親が治ると信じて持ってくるものであり、両親をがっかりさ

せないためでした。

しかしながら、フランシスコは

「まもなく聖母様が僕を連れて行くんだ。」と言い続けていました。

 

「僕はもうダメだ。ねえ、ルシア、もう少しで天に昇ると思うよ。」

「ねえ、どうか聖母様に、罪深い者たちをお許し下さるように言ってね。

 私や、神父様や、ジャシンタの代わりに・・・・。」

「うん、でも、お願いだよ。どうか、どうか、これはジャシンタに

 頼んでおくれ。聖母様がいらした時に言うのを忘れてしまうの

 が恐いんだ。お願いだよ・・・・。」

それから、神への祈りを唱えました。

 

 フランシスコの病気は実際とても悪いものでした。

お父さんに神父様をよんでほしい、と頼みましたが、それは死期を

悟った彼の、最後の聖体拝領のためでした。小さな羊飼いは懺悔をし、

その翌日は最初で最後の聖体受領をしました。

1919年4月4日の朝、フランシスコは母親に言いました。

「見て、ママ。なんて綺麗な光なんだろう! あの、ドアのところに!」

それは、コーヴァダイーリャの聖母が、小さな羊飼いを迎えに来た瞬間でした。

 

 兄の死はジャシンタの胸に深く刻まれました。

毎日を哀しみの内に過ごすようになりました。

そのうちに、体の左側に大きな膿を持ったコブが出来ました。

来る日も来る日も眠れません。

1919年7月の始めに、父親のマルトはオウレンのヴィアノーヴァの

高名なお医者にジャシンタを連れて行きました。

しかしながら手術はうまく行かず、8月の終わりに具合が悪いまま家に

戻りました。術後の傷は悪化し、ジャシンタは日に日に弱って行きました。

 

「ルシア、もう聖体拝領はしたの?」

「ええ、したわよ。」

「ああ、それならもう・・・私たちはイエス様の近くにいるのね。

 私は間もなく天に行くの。あなたの心の中にはイエス様がいる。

 イエス様は聖母様の純粋な心を広めたいと思っていらっしゃる。」

 リスボンの医者がお父さんやお母さんにリスボンに行くように勧め、

 実際ドナ・エトテファニア病院に入院・手術しました。

 

「ああ、我らの聖母様! 我らの聖母様がそこに!」

そして彼女は聞いたのでした。聖母様の声を。

「耐えよ。耐えよ。まもなく天に昇るであろう。」

 

 2月20日の朝6時、ジャシンタの具合はとても悪くなりました。

イエス様のご加護がありますように・・・・と今一度唱えます。

その夜、ゆっくりと微かに、ジャシンタの魂は兄の待つ天へと召されました。

 

天にまします我らの父よ

願わくは御名をあがめさせたまえ

御国をきたらせたまえ

みこころの天になるごとく 地にもなさせたまえ

我らの日用の糧を 今日も与えたまえ

我らに罪を犯す者を 我らが赦すごとく

我らの罪も赦したまえ

我らをこころみにあわせず 悪より救いだしたまえ

国とちからと栄とは、限りなくなんじのものなればなり

アーメン

 

*****

 

 さて、ファティマの聖母は出現の時に3人の子供達に3つの予言をしたことで

有名です。この3つの予言のうち1つは死者の国への訪問。もう1つは第一次

世界大戦の終結。そして3つめは3人のうち唯一生き残ったルシアのみ知るものと

されていました。

予言通りに2人の子供達は亡くなり、第一次世界大戦は終わりました。

この3つめの封印されていた予言がやっと発表されたのですが、

どうもローマ法王の暗殺だったようです。

「白い服を来た神父の、服が血に染まっている。」

これをルシアはローマ法王と信じ、ローマ法王に手紙を書きました。

今のローマ法王の何代か前のローマ法王です。歴代のローマ法王たちのみ

その予言を代々受け継いでいました。

1980年代の始めに、ローマ法王が狙撃されましたが、その日にちが

ファティマで聖母が最初に出現した5月13日と同じだったことから、

それを示唆した予言だと言う説が有力です。

 

 ポルトガル人で、ファティマ伝説について尋ねると反応は様々です。

信じる、と言う人もいるし、信じていない、と言う人もいます。

「ファティマは、小さな貧しい村だった。

 それがあの伝説のお陰で繁栄したんだ。

 商売のための伝説だ。」と言う人もいれば、

「子供たちに死を知らせ、連れ去るなんてひどく残酷な聖母だ。」と言う人もい

ます。

この奇跡のお話はポルトガル国内ではとても有名で、敬虔なカトリック教徒が

次々とファティマを訪れています。私の知る伝説のなかでも最も好きな伝説の

一つです。

  
 聖体拝領を表す宗教画    子供が聖体拝領をしている宗教画

 


←戻るポルトガルのお話次へ→