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マンフレッドのおうち


 1999年12月3日金曜日。

その夜は、Chafarizというワインバーを経営しているドイツ人の友達が

家に招待してくれました。彼の名はマンフレッド。

語学スクール時代のクラスメートです。

私の語学スクール時代の友達は大きく分けて2つあり、片方はメキシコ人

マリシオが中心となる、始めのクラスの同級生たちの若手グループ、

そしてもう1つはアルゼンチン人メルセデスが中心となる1998年1月クラスの

熟年?グループです。どちらのグループも、私が帰国するまでもそして

帰国してからも時々連絡を取っては一緒にお昼を食べたり飲みに行ったり、

していました。マンフレッドは熟年グループの中でも比較的寡黙な、しかし

ユーモアのある、いわゆるドイツ人ぽくない人でした。

 

 始まりは夜8時半、ダンナは仕事の会合があり行くことが出来ません。

招待されている人は他のクラスメートたちで、

アルゼンチン人のメルセデスとそのダンナさんのカルロス、

イタリア人のアレッサンドロとその恋人のポルトガル人ソニア、

ポルトガル語の先生であるフランシスカ、

それに私です。

4歳の息子を連れて行きたいと思ったのですが、メルセデスが

「普通は小さな子供は招待された時には連れていかないものよ。」と

言うので仕方なくベビーシッター協会に電話をし、息子はその夜は家で

お留守番です。

 

 8時から8時半くらいに来てくれと言われ、ポルトガルでは約束の

時間より遅れて着くくらいのほうがいいと言う話だったので、

8時45分に到着しました。

ラパという古い街にある彼の家は、アパートの4階で最上階。

エレベーターのないアパートに来るのはこれが初めてです。

電気のありかが分からず、真っ暗な階段を手探りでのぼりながら

「ここでいいのかなあ。家、間違えてるのではないだろうか。」

と思ったりしました。

でも、最上階に近くなると明りが見えました。ドアが開いていて

そこからマンフレッドの奥さんのポルトガル、人テレーザが

顔を出しました。

「あららっ、クリ〜、真っ暗な中昇ってきたの?!」

と驚きながら私を抱きしめます。

「電気の場所が分からなくって・・・。」

「まあ、まあ、可哀想に〜。ほら、入って入って。

 小さいみすぼらしい家で恥ずかしいんだけど」

そう言って私の腕を引っ張ります。

「あら、あなたの、おちびちゃんは?」

「連れて来ていいものかどうか分からなかったので、シッターを

 頼んだの。」

「えええっ。連れて来てくれて良かったのよー。

 おちびちゃんの為に、おもちゃもジュースも用意していたのよ〜。」

「そうだったのー。ごめんなさい、ありがとう。」

なんだー。連れて来れば良かったなあ。

テレーザは私の手をとり、中に案内してくれました。

小さなお部屋。

マンフレッドがニコニコしながらそこで待っていました。

マンフレッドは白い髪の、40代前半のなかなかイイ男で、ちょっと

抜けたようなところもあって憎めません。

思った通りまだ誰も到着しておらず(^^;)、私が一番のり。

小さな居間に小さなテーブル。

あちこちに可愛らしい絵がかかっていて、いろいろな飾りも温かい

感じがしました。

窓からはテージョ川ほとりの夜景が見えて、とても素敵。

わー、と思いながら見とれていると、そこにアレッサンドロと恋人が

到着しました。アレッサンドロに最近ポルトガル人の恋人が出来たと

聞いていましたが、とても可愛い女の子でした。

「オーラ、クリ。」

「オーラ!」

「紹介するよ。ソニア。」

「初めまして、ソニア。」

「オーラ、クリ。アレッサンドロから話をいろいろ聞いてるわ。」

「何言ったの、アレッサンドロ。」

「はははは。いろいろね。」アレッサンドロは満面笑顔で幸せそうです。

 

 ひとしきり話した後、テレーザが私たち3人をロフトに案内してくれます。

そこにはベッドとコンピューター、それにロフトの中にもとても小さな

部屋がありました。

「これがね、僕の仕事場なんだ。ここでポルトガル語の勉強もするんだよ。

 ここにあるテープでね、一人でポルトガル語の発音をするんだ。

 ちっぽけな部屋だけどね。愛着があるんだ。」

とマンフレッドがにっこり笑います。

マンフレッドとテレーザの結婚は遅かったので、子供はいません。

テレーザが独身時代からずっと使っている部屋をそのまま二人の新居にして

暮らしているらしく、小さなアパートですが、古い温かい香りがしました。

 

 さて、アレッサンドロは翌週イタリアにクリスマスのため里帰り

することになっていたため、ちょっと早いけどクリスマスプレゼントを

渡しました。和紙の入れ物で日本女性の絵のついた、財布みたいな形を

しているものです。こんなものですがアレッサンドロはとっても喜んでくれて、

「領収書入れにでもしてね。」と言う私に

「いや、カルタ・デ・アモールを入れるよ。」と言いました。

カルタ・デ・アモールとはラブレターのことです。

さすがイタリア人。

ソニアもそばでニヤニヤしています。

 

 その時、何かプーンと匂いました。

普通の匂いではありません。なんとも形容のしようのない鼻を突く刺激臭です。

私は、アレッサンドロか私が、道ばたで犬のウンチでも踏んで、

その匂いなのかなーやだなー、靴の裏見なくちゃかなあ、と思っていたの

ですが、その時ちょうどアレッサンドロもその匂いをおかしいと思ったらしく、

私のあげた和紙の匂いをクンクン嗅いでいます。

その次の瞬間

「アア、これだ〜。クリ、ごめん、プレゼントの匂いを嗅いだりして。」

と言ってあるものを指さしました。

それは、目の前にあるチーズ盛り合わせ。(^^;)

確かに、匂いの元はソレでした。強烈です。

 

 その後、先生のフランシスカが到着しました。

今までにないものすごい厚化粧です。気合入ってるなー。

アレッサンドロが

「オー、フランシスカ。今日はとても美しいね!」と言うとフランシスカは

キッとした目で「今日は?」と聞き返し、すかさずアレッサンドロは

「いや、いつも美しいけど、いつにも増して。」とフォローを入れると

フニャ、と相好を崩して「冗談よー。」と笑いました。

それから更にメルセデス夫妻が到着して、パーティは始まりました。

前菜のチーズ盛り合わせ、ハム盛り合わせを囲んで、皆でワインで

乾杯です。テレーザやマンフレッドが入れ替わりたちかわり、皆の

グラスを見ては「赤ワインがいい、白ワインがいい?」と繰り返し

尋ねてきます。「なくなったら自分たちで飲むから、気にしないで

一緒に飲もうよ。」

それでも暫く話をしているうちに、料理のしたくがあるのか2人

ともバタバタと台所に行ってしまいました。

数人は居間に残って、数人は台所に行き「手伝うから。」と言うと

「いいのよ、座っていて。」

「でも運ぶだけでも。」

「だいじょうぶなのに。」

「せっかくだから。」

こんな押し問答の後に、皆でせっせとお料理をテーブルに運びました。

小さなテーブルにぎっしりのお料理を囲んで、席につきます。

 

 ポルトガル人のテレーザとソニア以外は全員フランシスカに

今ポルトガル語を教わっているので、フランシスカのものまね大会が

始まりました。オーバーな褒め言葉や、生徒がしゃべり続けている

時に中断する決まり文句、ツッコミ言葉など。

やだ〜、フランシスカってば、私だけじゃなくてみんなに同じ事

言ってるんじゃないの。全員真似してるもん。

皆が皆、大げさに真似をするので、フランシスカは顔を赤くして、

爆笑しています。

 

 食事は鶏肉料理のパイ包み焼き、ローストビーフ、バルサミコ

ドレッシングのサラダ、きゅうりのサラダ、プチトマト、ごはん、

などなど。とっても美味しい〜。

パーティの時はいつもそうなのですが、お料理がすごく美味しい、と

皆口々に褒めながら、お料理をお皿に取ります。

おしゃべりなメルセデスとアレッサンドロが雰囲気を盛り上げ、

それにオーバーなフランシスカが突っ込みを入れ、

私が黙って笑って聞いていると、誰かしら私に話を振ってきて、

とても楽しく、大人なパーティは盛り上がりました。

 

途中ダンナが電話が入りました。

「やっと飲み会終わったからこれから帰るわー。」

「うん、あの子のことよろしくねー。」

「盛り上がってんの。」

「面白いよー。それにね、マンフレッドのおうち、すごく

 可愛らしいんだよ。なんて言うかさー、あったかい。こんな雰囲気の

 家見るの初めてだあ。」

「へええ。見てみたいなあ。」

「これから来る?」

「いやあ、やめとくわ。まだみんなと面識がそんなにないしさ。

 お前、飲みすぎんなよ。」

「ダイジョブだよー。じゃあね。」

電話を切ると、皆がニヤニヤしてこちらを見ています。

「日本語は、可愛いよねえ。」

「可愛い?」

「うん、僕たちの言葉とは違うじゃない。響きが、いいよねえ。

 日本語、聞くの好きだよ。」

へええ、そんなもんなのかしら。

 

 デザートは手作りケーキと手作りアイスクリーム。

「これ、テレーザが作ったの?」と聞いたら恥ずかしそうに

「ううん、ケーキは私の母が作ったのよ〜。アイスクリームも〜。」

女性はダイエットしている人たちが多かったので、美味しいのにも

かかわらず余り食べてなくて、ちょっぴりテレーザが気の毒でした。

「クリ、これ飲んでごらん。」

「これ、なあに。」

「いいから。食後酒だよ。」

飲んでみたら、懐かしい匂いがします。

「これ・・・。」(さつま白波の匂いじゃん)

「強いでしょ。アグアルデンテ・デ・バタータよ。」

おおっ、芋焼酎!

意外なところで意外なものを飲むことに。

 

 その後1時にパーティはお開きになりました。

ポルトガル人式パーティとしてはちょっと早めの終了です。

年代が違うせいか、今まで経験したのとは違う、ちょっと落ち着いた

大人のパーティと言う感じでした。

帰りのタクシーの中でホロンと酔いながら思いました。

ステキだったなあ、マンフレッドのおうち。

豪華で広い家もいくつか見てきたけど、1番、1番良かった。

ああ言うのって、あったかくていいなあ。ああ、すごく楽しかった・・・・。

ウチに着いたのは午後1時半。

ダンナと息子は当然ながら寝ていました。

ベッドに入って楽しかった会話やマンフレッドのおうちを思い出しながら、

目を閉じると、仕上げに飲んだイモ焼酎が効いたのか、あっと言う間に

眠りに落ちたのでした。

 


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