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 情けないリスボンダービー4 


  周りではベンフィキスタたちが狂喜乱舞。スタジアムはすごい熱気。

それとは逆に、私たちはすっかり意気消沈です。

「帰ろうよ。」とダンナに言うと

「うん。もうここにいたくない。」

とダンナも言い、息子も

「もう、さいっていー。」と言いながら、席を立ちました。

今から考えるとこれはホントに正しい選択でした。

「Mさんはどうします? 残りますか? すいません、

 私たちもう耐えられないです・・・。」と言うとMさんも

「いや、もうここまで差がつけば負けでしょう。観る必要ないですよ。

 最後まで観ると地下鉄も混みますしね。行きましょう。」

と言うので我々は出口方向への階段を上りました。

(すみません、Mさん・・・。)

息子が「しんじられないっ。さいていだ。こなきゃよかった。」と

ポルトガル語で叫んでいるのを売店のおばちゃんがニコニコして

見ています。地下鉄に向かう道は、試合の途中で出て来た緑の

マフラーや緑のカッパの人々でいっぱいでした。

「ああ、ウチはなあー。アバンサードが全然ダメだからなあ。」

「点入れる人いないもんね。」

「アコスタなー。なんとかして欲しいよホント。

 いい加減もっと違うヤツを出せばいいんだよ。

 点取らないんだから。」

もう来ないだろうな、Estadio de Luz!

皆口々にぼやきながら、地下鉄入り口を目指します。

恐らく今はコロンボ前のタクシー乗り場もいっぱいでしょう。

一刻も早く家に帰りたいからタクシーで帰るのがいいのですが、

タクシー乗り場の混雑を考え、地下鉄で近くのタクシーを捕まえ

やすい駅まで移動してそこで捕まえよう、と言うことになりました。

 

 地下鉄の駅のホームはやはり冷めた表情のスポルティンギスタで

いっぱいでした。中にちらほら赤いマフラーが見えるのは、それも

勝利を確信して出て来たのでしょう。くあー、腹立たしい。

「あああ。あした職場行きたくねーよー。」とダンナが言います。

ダンナの職場にはスポルティンギスタはたった一人、後は多くが

ベンフィキスタなのです。

「私も、暫くメルセアリアに行きたくない。特に明日は。」

「ぼくもー。」

コロンボの前の地下鉄から、動物園前の駅まで移動して、地下鉄を

出て動物園前のタクシー乗り場に並びます。私たちの前には既に、

友達同士らしい20代くらいの太めな青年たちが3人でしゃべり

ながら待っていました。息子を見つけ、

「おおっ、このちっこいのはサ・ピントだぜ。」と息子の着ている

ユニフォームを指さします。

「おいおい、ボーズ、これ見ろよー。」と懐からそーっと

マフラーを出します。緑色のマフラーでした。

「す、スポルティング!」息子は大喜び。そしたら他の青年が

「ほら、こっちも。」と言いながら袖からマフラーを出します。

「いえーい!スポールティング!」と息子は走り回り叫びました。

「来週は勝ちましょう。」と言うと彼らは苦笑しながら

「そうだといいけどね。」と来たタクシーに乗り込んで行きました。

 

 家に着いた時は結構疲れていましたが、すぐPCの前に行って

いろいろチェック・・・・・。 よかった、大丈夫そうだー。観戦中も

頭の隅にずっとあって気にかかっていたのでやっとホッとしました。

その間にダンナは巻き戻したビデオを再生しています。

「見てやる。2点目のあれは絶対オフサイドだ。」

明太子のスパゲティを作り、ワインを開けて貰い、ぐったり

しながらも画面を見ていました・・・・

ああ、結構悪くなかったのになあ。

スタジアムで見ていた時には、ベンフィカの選手のファウルに

対するブーイングがもの凄かったので、ベンフィカ結構ファウル

取られていたような気がしていたけど、こうしてビデオで見ると、

腑に落ちないスポルティングのファウルが一杯取られていました。

アコスタが怒ったり、呆れて笑っていたり。

バルボーザがブチ切れてしまったのも分かります。

ひどいベンフィカのファウルが全然取られてないし。

後半始めの、ジョアン・ピントに対するフェルナンド・メイラの

ファウルは明らかにPKであるべきものでした。TVの解説者も

「ジョルジュ・コロアド完璧に間違えてますね。あれはPKです。」

と言っています。あー、あそこで1点入れば全然違っていたのに。

それに、ベンフィカの2点目はやっぱりオフサイド。

あーっ、試合が終わってしまって言ってもなんにもなんない。

これが逆の立場だったら「ラッキー」と思ってウチの勝ちを

喜んだだろうし。ベンフィカに負けたものは負けたんだもん。

 

 それにしても、試合を途中で出たのは本当に大正解でした。

そして、あの恐らくスポルティングのソシオがたくさんいただろう

はずのブロックに座らなかったのも。

3点目のゴールの後はスポルティングは攻められっぱなしで、

スタジアムの歓喜に溢れるベンフィキスタ(見るだけで腹立たしい)

が大うつしに映っていました。スポルティンギスタの

ブロックでは、試合の最後のほうで信じられないことに警備員と

熱烈スポルティンギスタが殴り合いをしており、赤いイスがバンバン

飛んでいました。ダンナは顔をしかめながら「ありゃー、ああいう

のはポルトのファンしかやらないと思ったのに。」と言います。

「ホントだよね。」と言いながら、ホントに今日あの場にいた

スポルティングファンはやりきれない思いだったよね・・・・と思いました。

3−0かあ・・・・・情けない、と思っているファンは多いことと思います。

でもTVで見ていたファンの多くは審判のミスジャッジもスロー

モーションで見て知っているはず。あのPKが取られていれば

変わっていたかも?

でももうゲームは終わってしまいました。

あとは・・・・ベンフィカにはアルヴァラーデで勝つしかない!

(前回は負けたんだよなー。優勝かけた試合で、すごく押していたのに。)

 

 翌日の新聞はベンフィカの勝利一色。

これでスポルティングは26ポイントでリーグ第4位。

どん底にいたベンフィカは24ポイントで6位まで上って来ました。

差は僅少となり、スポルティングファンとしてはとても心配です。

 

 そして2000年12月2日火曜日、のんびりと晩ごはんを作っていた

ところ、携帯が鳴りました。

電話を取ればそれは私の先生のフランシスカから。

「クリ、TV見てる?」

「ううん、見てない。」

「すぐにつけなさい。SICよSIC!」

「うん、ちょっと待ってね。でもなぜ?」

「アウグスト・イナシオがクビになったのよ。」

「えっ。」

「もうスポルティングの監督ではないのよ。やめてしまうのよ!」

「ええっ。」

慌ててTVをつけたら、TVではアナウンサーが押し合うスポルティングの

ソシオたちをバックに、何やら叫んでいました。

アウグスト・イナシオがスポルティングの監督をやめてしまう?

そんなことがあるのだろうか。

彼は、今年スポルティングを18年振りに優勝に導いた功労者なのに。

あんなに人望が、人気がある監督なのに。

しかしそれは本当であることが分かりました。

アウグスト・イナシオ本人が記者会見で「もう決まったことです。」

と辞任表明をしたのです。淡々と語る彼とその隣りにいたSADプレジデンテの

ルイス・デュッケに、その場にいたソシオ2人が

「ジョゼ・ムーリーニョが次期監督なんて、そんなことは絶対に許せないぞ!

 受け入れられるもんか!」と喰ってかかるように叫びました。

 

 ジョゼ・ムーリーニョ?

ジョゼ・ムーリーニョって・・・・・、ベンフィカの監督じゃないの。

彼らは一体何を言ってるの?

 

 そのわけもすぐ分かりました。

突然ベンフィカのスタジアムが映り、ベンフィカの現監督、あの、

スポルティングを打ち倒した監督ジョゼ・ムーリーニョがベンフィカを

辞めると・・・・・!!

ベンフィカの記者会見場はベンフィカのソシオたちでごった返して

おり、殺気立つ人々が記者会見発表をしている人に詰め寄っていました。

 

スポルティングのアウグスト・イナシオはクビ。

ベンフィカのジョゼ・ムーリーニョは辞任。

あのリスボンダービーの果てにこんなことが待っているなんて、

一体誰が想像したでしょうか。

何がどうなってるの?

これからどうなるの?

この時はまだ何も分からなかったのでした・・・・・。


  2監督同時辞任!

  


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